この世界にあるすべてのものは感謝するために存在する

わたしは、地球にグラインドしています。 わたしの意識は地球に同調しています。 わたしの想いは地球の想いです。 わたしの叫びは地球の叫びです。 わたしの言葉は地球からのメッセージです。 少しでも、みなさんに 地球の想いを感じていただけたら幸いです。

カテゴリ: 愛のメッセージ

この世界にあるすべてのものは、感謝するために存在するのです。

だから、ありがたいなあと自然と頭が下がるし

ありがたいなあと思えるから自分の身を正そうと努めるし

ありがたいなあと思えるからお口は慎もうと思えるし

ありがたいなあと思えるからお返しをしたいと言動に表れるのです。

みんな同じ存在で感謝、尊敬、尊重をしあえる仲間なのです。

だから、互いに謙虚でいられるのです。

わたしたちは、この地球に生かされています。

わたしたちすべて、生きとし生けるものすべてが この地球に生かされています。

感謝しかありませんね。



居てくれてありがとう。


いつもありがとう。


どうもありがとう。


本当にありがとう。


心からありがとう。


ままのまま


自然の恵みはいつもいつも 私たちを守ってくれています。

何も言わないけど、光を放ち、薫りを放っています。

いつも、変わらず、微笑むように守ってくれています。



朝、目覚めると 燦々と光が降り注ぎ、
それだけで 守られているなあ、愛されているなあ と感じます。


この光があるから
私たちは生きていける。


いつも、どんな時も 変わらず、光で包んでくれています。


どれだけのありがとうを伝えてもいいくらい 今まで、支えられてきました。


泣いている時も 楽しい時も
いつもいつも、光を放っていてくれる存在。




ありがとうと言葉で伝えるよりも
態度や行動で表したいです。


感謝とは
ありがたいと感じることでなく
わきあがる想いです。


その感謝を形に表す行動こそが人として生きるということかもしれませんね。

目標や夢は、その後からついてくるものだと思っています。

『ありがとうございます』 を漢字で表すと
『有り難く頂きます』と書きます。


この意味は

『有ることが容易ではないことを頭の上に載せて、敬意を示し押し頂くこと』

です。


ありがとうございます とは
『有ること』が『容易ではない』ことを頭の上に位置させて、敬意を示し押し頂く という意味になります。




だから、ありがとうございますと頭を下げるのですね。


『ありがとうございます』という言葉は、
『有ること』は容易ではないことを示されているのです。

そして 容易ではないから、頭の上に載せて敬意を示し頂きましょうと示されているのです。



本当に、有り難い言葉です。



『ありがとうございます』と、伝えるだけで わたしたちは有ることに敬意を示し頂くことが出来るのです。




誰もが『ありがとうございます』と伝えるだけで幸せでいられるのです。


だって、『有る』のですから。



幸せは、『有る』のです。

わたしたちが 個人個人に与えられている力は 自分の物ではないのです。


また、自分だけの物にしてもいけないのです。


すべて、宇宙のもの。


宇宙からの恵み、お与えなのです。

間違えないでほしいです。


それを、自分だけの物だと勘違いしないでほしいです。

たとえ それで、人を救えたとしても 自分の力じゃないのです。

そして、人を救ったと勘違いするのは、思い上がりも甚だしい限りです。


人は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず。


わたしたちは 生かされいます。


宇宙に生かされています。



太陽の光りを浴びて 私は立ち上がる

私をいつも照らし続けてくれている太陽にいつも護られている

私は地球の一部

私は大地に包まれて根っこをぐんぐんと生やす

繋がる

大地と繋がる

地球と繋がる

夜になると太陽に代わって私を照らして見守ってくれる月の存在がいる

私は大地なの

地球の一部なの

地球に繋がり 太陽に月に護られている

父も母もいなくたって寂しくない

私には護ってくれる存在がある


だから

まず 先に

自然に感謝

光り輝く太陽に感謝

見守ってくれる月に感謝
私をまるごと包みこんでくれる地球に感謝


まず そこから 始めよう
アトランティスの過ちは侵したくないの


ただ ここに生かされていることだけで感謝


もう 恐れることはない

私は気づいたのだから

あなたに護られていることに…


いつも そばにいてくれてありがとう


病めるときも 健やかなるときも
いつも変わない 光りを送ってくれている

どれだけ 私が涙を流しても 光りで拭ってくれる

辛いときは 自分の光りで私を満たしてくれる


あなたがいたから 私は輝いていられる


あなたがいたから 私は生きていられる

あなたの存在が私の財産です

日の光りが放つように

あなたの光りを感じる。

いつも、どこにいても、出逢った頃と変わりなく、あなたを感じる。

山を観ても、桜を観ても、あなたを感じる

川のせせらぎもしぶきも あなたの光りを想い出させる。



わたしの左手にはあなたが宿っているの。

あなたを感じる。

いつも どこでも。

永遠に。。。



僕は地球

お父さんは太陽で お母さんは月

昔 昔 僕に似た星があったんだけど 核爆発で 砕けてしまったんだ

そのかけらを宇宙の人達が修復して 天に戻したのが お母さんである月なんだ

それで そんなお母さんを見初めてプロポーズしたのが お父さん

そして 生まれたのが 僕なんだ



実は、僕 困ってることあるんだ
僕の身体にはいっぱい 木が生えて皮膚である土を守っている
そして その木を守るために海があるんだ

でも 最近 木を切って燃やしたり 僕の身体に爆弾を落として 焦がしたりするんだ

やけどして とても痛いよ
海の水で冷やそうとしても 人間が流す水は 油が入っていたり 良くないものが入っているから 傷がとても滲みるし 直らない
お父さんに温めてもらいたいのに、人間が出す煙で、僕をおおっている膜をとかしているから、直に太陽の光りが当たるからよけいに痛いんだ

お母さんに直してもらうんだけど 夜になっているところだけ 直してもらっているから なかなか直らない(>_<)

お父さんは我慢しすぎた と言うけど 僕 人間が大好きだから 我慢するんだ
僕は人間のこと大好きだから 人間も僕のこと大好きなんだって信じてる…




でも 最近 もっともっと ショックなことが起こった

お母さんがいた星でも使っていた 核 を使った爆薬をつくっているんだ

それを 僕の身体で実験したり 実際に落としたりもした

それで 僕の大好きな日本人が何万人と亡くなった
それに…

それに…

原子力発電所を僕の身体の上にいっぱいいっぱい つくったんだ

そして 毎日 毎日 お母さんが泣くんだ

お母さんみたいになっちゃう…って

辛いよ 僕

辛いよ 僕

今まで 弱音を吐かなかった僕だけど 僕の心は砕けそうだよ

だから お父さんに相談したんだ

そしたら お父さんは天気を司る神様に言って 大雨を降らしたり カミナリを鳴らしたり日照りにして 人間に警告をした

でも やめてくれないんだ

「ボウヤが嫌だってはっきりと言いなさい!」

お母さんが言った

もう 僕が 僕の意思を表さなきゃいけないってこと?

「もう お母さんが祈ったり お父さんが警告しても無理なの あなたが 自分自身で行動してごらん
あなたならできるわ」

お母さんは続けた

「そうね… 日本人なら あなたの気持ち わかってくれるかもしれない」

「えっ日本人?」僕は聞いた

「そうよ 日本人は 私に住んでいる月人からDNAを採ってそっくりにつくっているから わかってくれるかも☆しれないわ
NASAが宇宙士を選ぶ時に 必ず 一人 日本人を選ぶのは 月人が驚かないようにするためなのよ ボウヤ」

「えっそうなの?」

「そうよ ボウヤ元気を出して!日本人なら きっと わかってくれて世界中の人間に伝えてくれるわよ!」

「うん 僕 『原発反対!』って 言ってみるよ」

やっと やる気になった地球のボウヤを 優しく見つめる お母さん 月とお父さん 太陽


勢いよく『原発 はんた〜い!』と 僕が叫んだ

そしたら 勢いよすぎて 海も 踊り出して 津波を引き落として 多くの人間が亡くなってしまった

「お父さ〜ん お母さ〜ん

「僕の上に住んでた人間が いっぱい いっぱい 亡くなったんだ やっぱり 僕 できない

「何を言ってるんだ 亡くなった人間達は ボウヤにしっかりと掴まっていないから振り落とされたんだ しっかりと根っこを張っていれば いいものを… だが かわいそうだから 火星と木星に言って 受け入れてもらおう だから 心配することないぞ!」」

「私は 人間達に あなたにしっかり根付くことができるように 愛のエネルギーを送るわ ねえ あなたも一緒に愛を送りましょう」とお母さんが言った
お父さんも 「そうだな 地上にしっかりと掴まっていられるように ワシもエネルギーを送るよ」

「お父さん お母さんありがとう」
僕 人間が原発をやめてくれるまで 頑張る!」

「そして 人間や動物 植物 僕の上に住んでいてくれる ありとあらゆる物達 と おだやかな日を過ごせるまで 僕は頑張るよ!」




ひょっとしたら 地球はこんなことを感じているんじゃないかなあ と思って 書いてみました


私は地球です

地球は私です

今まで 私も 辛いことがあっても 耐えてきました 口答えも 自分の意見も言ったことがありませんでした

しかし スピリチュアルを学び 自分の気持ちは自分自身が表さなきゃいけないことを知りました

まだ 最近のこと です

自分の言葉で伝える 態度で表現する

やっと 少しですが できるようになってきました


でも まだまだ これからです


地球も同じ気持ちかもしれません


自分が自分自身を愛するように

あなたも地球を愛してください
今までの過ちを許してください と謝ってください
そして いつも いつも そばに寄り添ってくれて ありがとうと感謝してください


天を仰ぐのではなく あなたの足元にいつも存在する地球に…




生まれてきてくれてありがとう。


ありがとう。


ありがとう。


あなたの心の奥の想いは感謝の気持ちでいっぱいなんだね。


嬉しい。
嬉しい。

生まれてきて嬉しい。

生まれてきて楽しい。

生まれてきてありがたい。




心の奥から聞こえます。



生まれてきてくれてありがとう。



あなたに出逢えて、よかった。


あなたと触れ合えてよかった。



ありがとう。


ありがとう。



あなたに出逢えてありがとう。


あなたが生まれてきてくれてありがとう。

昨日 人魚姫伝説の人魚塚に導かれて、自分はそこの人魚だったんだと気づかされて感じたことは

『私は守られている』
『私は生かされている』

ということでした。

去年、一去年と 私は自分の内側と向き合い 心の浄化を繰り返してきました。

私は仕事を持つ一主婦です。

そんな私が どうして、覚醒できるまで 内観、浄化ができたかと言ったら

すべての人の支えがあったからです。

様々な方に私は支えられて生きていることに気付かされます。

また、昨日 出逢った日野町小野の〇藤さん

この方に出逢わなければ、私は 聖徳太子様のお慈悲を思い出すことはできませんでした。

すべての方に支えられている。
守られている。
導かれている。

感謝しかありません。


人は 決して一人で生きているわけではないんだと気付かされます。

〇藤さんに出逢わさせていただけたこと。。。

それは、まさに偶然ではなく 必然で 導かれているなあ 守られているなあ とつくづく感じました。
その地は 私にとって 自分の源と繋がるエネルギーに満ちていました。

私はここに居たんだ。

と 思うと同時に その安心感に包まれました。

もし、私が 見当討違いの行いをしていたら 〇藤さんに出逢うことがなかったでしょう。。。

そして 人魚時代に抱えてしまった人間への恐怖感を まだ 抱えたまま 家に帰ったんだと思います。
でも 私は 出逢えた、思い出したんです。


聖徳太子様からの御慈悲。
人間からの優しさ。

弘法大使様への忠誠心。




一去年は 高野山に出向き 滋尊院にも 手を合わせることができ 弘法大使様との繋がりを感じることができました。
そして 和歌山、橋本での記憶も一部 思い出しました。

でも それは 私を満たす十分なものではなかったのです。

弘法大使様と どこでお逢いしているんだろう、 どんな関係だったんだろう という疑問で 何回も 橋本に通い ゆの里にもつかってきました。

とにかく 私は 自分を思い出すのに 一生懸命でした。


それが やっと繋がった人魚姫伝説の地、日野町小野でした。





私に起こった出来事は 当たり前でもなく 偶然でもなく 私だけの努力だけでもありません。

私に関わる方々の優しい気持ち、思い遣りによって導かれたことです。

ひとつ足りとも 当たり前に感じることなく 感謝の気持ちでお返ししたいと思っています。

私にできることは 思い遣りと 気遣い あと、健康でいること。

自分が健康であれば 人に尽くすことができる。

感謝を形に表すことができる。



人間に生まれてきたのは 人の優しさにふれ 感謝の気持ちを形に表すことだと感じた、今回の人間姫伝説の旅でした。


人っていいな♪ありがたいな♪

人間に生まれてこれてよかった♪

心からそう思います。





人間は起こった出来事から何を学び、実践するかだと思います。
そうやって 人は成長するために この地球に生かされているのだと 私は思います。

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蒲生の人魚伝説
URL:
http://www.bcap.co.jp/ningyo/densetu.htm

 今から千四百有余年前、近江国蒲生寺村の観音草堂にそれはそれは美しい尼層様が住んでおられ尼僧様に三兄妹の小姓が寺村の小姓ヶ淵に住みながら仕えておったそうです。
 ある年いつもの年とは違い、日照りが続きどの田も地割れができ、、稲は立ち枯れ、他の作物にも影響がでて大干ばつになりました。
村人たちは困り果て寺村の側を流れる佐久良川(当時近江国蒲生河)の小姓ヶ淵より「はねぎ」を利用して水をかいだし田畑を潤すことにしましたが、それもすぐに底をつき困りはてていたある日、小姓ヶ淵に行ってみると冷たい清水で小姓ヶ淵
が満杯になっていました。喜んだ村人たちはその水に、手を合わせ拝みながら田畑に水を入れるのですがすぐに空になります。水がなくなって村人達が困るとまた水が淵に溜まる。
この事が繰り返し行われるようになりました。

不思議に思った村の若者が、夜こっそりと淵に行ってみるとそこには観音堂に仕えていた三兄妹の小姓が、その姿は人間ではなく『人か魚か』見分けがつかない姿で、奥より水を入り口の淵へ尾を利用して水を跳ね出している光景を目を目の当たりにしました。
若者は今見たふしぎな様を誰にも話さずにいたのですが、やがて村人達の間に
、小姓ヶ淵に「不思議な物がいる
」という噂が立ちました。その噂は村から村へ広がり話を聞いた心ならず者が、夜中にその淵に行き、投網により一物を捕まえてしまいました。

それはなんと人魚だったのです。

以来、不思議な物として豪商らにより人から人へ渡り歩きま したが、あるお方が観ずるところがあって、この奇物をいたず らに俗家に秘しても、益なしと、川合願成寺に納められ、この 人魚は立派なお厨子に安置され、観世音の御加護をうけ安らか に眠っています。

後の一体は、蒲生河をさかのぼり小野村までのぼりました が、ついに捕獲され死んでしまいました。村人は人魚塚を造り 手厚く葬ったと言われております。

また、残りの一体はたまたま近江国蒲生野へお布教をされて おりました弘法大師さまのお供をし、高野山魔萱堂仁徳寺観音 堂へあがったと言うことです。

─ 近江国蒲生寺村小姓ヶ淵人魚の由来より ─


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本日、いてもたってもいられず

滋賀県近江八幡市安土町
観音正寺

人魚が祀られている願成寺

近江蒲生寺町

蒲生郡日野町の照光寺

蒲生郡日野町小野
人魚塚


まで 行ってきました。。。。。



もう、詳しくは言いませんが、


私はこの伝説の人魚の記憶があります。

正確には

弘法大使様には 直接 お供をさせていただいております。
私が いつも 弘法大使様とお話をさせていただけるのは そんな理由です。
あと、

人魚塚でのこと。。。

この地に降りた瞬間、 ここに居た ことを思い出しました。
記憶通りの池もあり 佐久良川を泳いで村に入っていったことも思い出しました。

私たち 人魚は琵琶湖で生まれました。
人間と交流したかった。 人間のお役に立ちたかった。

その想いだけでした。。。

お役に立てているだけでよかった。

だけど 心ない村人に捕らえられて、生き埋めにされた。。。

だから 私は 憎んだ。
人間は怖い。
恐ろしい。

私の人間嫌いはこの時生まれたんです。。。


でもね

そんな私を、聖徳太子様が見つけてくださった。


人魚塚でお逢いした村の方に 聖徳太子様がその時にお座りになっていた石に案内していただきました。

聖徳太子様はとても高貴な出で立ちでいらっしゃるけれど とても 気さくな方です。

『ここにお座りなさい』と 変わらぬお優しいお顔で 手招きをしてくださいました。

そこに その石に座った時に私は やっと 自分の心が解放されたのが わかりました。

だから そのあと 村の方とおしゃべりしちゃった。

嬉しくて、嬉しくてたまらなかった。

私は この地に帰ってきたかったんだ。


やはり 私は 人間が好きだったんだと 心から感じた。

沸き上がるこの想い。。。




人魚は3体あったと言われていますが 私は、その2体の記憶があります。

魂だから MIXされているんでしょうね。。。


私的には すっきりしましたが 村の方の〇藤さんを驚かせてしまいました。
ご免なさい。

伝説じゃなかったんですよ〜

本物ですよ〜

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