この世界にあるすべてのものは感謝するために存在するbyままのまま

カテゴリ: 家族

今日 親類と少しお話をしていました。
彼女70歳で 娘さんとお孫さんが 頻繁に 泊まりにくるから 睡眠不足で 風邪をひいてしまった と言われて、だから 〇〇さん(わたしのこと。)は風邪を引かなくて いつも健康そうでいいわね
と言われました。

そのときに わたしは、こう答えました。



わたしは、小さい頃から身体が弱かったから、絶対に無理はしないように 気をつけています。
また、わたしは 姉といつも一緒にいるしお互いに身体が弱かったから お互いに無理をしないようにしています。

もし、わたしが別の職業についていたら 他の人と同じように仕事をして、風邪ばかりひいていたかもしれません。
だけど わたしには いつもわたしのことがわかって姉いるがいるから いい環境にいるんです。
だから、風邪をひかないんですよ。
でも これが、親子なら また、別かもしれません。
子供は親に元気のいい親を要求して、親はそれに答えようとする。
すると 無理をしてしまう。
そのまま、言わずにいると、倒れる。。。

そこで 娘は気づくんです。
親に無理をさせていたんだと、自分を責めるんです。
そう考えると

自分が娘に辛いということを言わないことは 娘さんが自分を責める結果に繋がるってことになるんです。
自分の娘が 自分のせいで自身を責めることって 親として、辛くないですか?
わたしが 50歳という年になって 母親の気持ちがわかりました。

わたしが自分を責めていたときに 親として自分を責めていたことがわかるんです。

だから 本当に娘さんのことを思うなら

自分の体調が悪いことを隠していてはダメだし たまには お断りすることも 長い目でみたら 娘さんのためになることだと思いますよ。



と お話をさせていただきました。


娘のために。。。と 身を尽くして 3人の子供を 自分一人で育ててきた彼女。

がんばってきたと思う。
母子家庭で 再婚もせずに。。。


わたしからすると、がんばり過ぎるんですよ。

手を抜かない。

だったら、病気にならなきゃいい。

でも、無理をすると 病気になり、倒れる。。。

そのときに その娘たち(20も過ぎたいい大人にも関わらず)は 助けを求めるだけで 入院の手続きもできず、オロオロするだけだったんです。

そんな人間に育てたのは 彼女なんです。

母子家庭だから 不憫だからと 必要以上に甘やかし、育てて
あげくのはて 結婚してもなお 実家から離れられない。。。


そんな人間に育てていいわけがないんです。



わたしも 母子家庭で育ちました。

しかし わたしは かなり放任主義でした。

父親の顔知りません。

でも だから 不憫だからと、育てられませんでした。

うちは 母親はいないし、父親というものもいないんだと 思って 祖母に育てられました。

自分は不憫だと思っていませんでした。

いつも かわいい服をきて、ヒラヒラして裕福に育ちました。

不憫だからと育てられたのではなく、何も言われないように育てられたんです。


人は堕ちようと思ったらどこまででも、堕ちる。

だから、上がるんだ。

上がる努力は必要なんだ。

自分がかわいそうだ、子供が不憫だからと 自分を堕とすよりも
ここから 這い上がるんだという力を持つことが必要です。


子供は 親を見て育つ。


甘やかして、自分のこともまともにできない、自分の子供を育てることもできない人間にさせるのは 『親』と言えるのかな?


子供のために、自立させましょう。

『私の大切なものは、家族です。血を分け合った親兄弟子ども親戚だけでなく、地球に一緒に住んでいる全ての生物たちが大きな家族です。全ての家族が幸せになってほしいんです。』



ある人にあなたの大切なもの は?と尋ねて、返ってきた答えがこちらです。


わたしはこの言葉に非常に違和感があります。






大切にするってどういうことだろう?



たいせつ [大切][形動]きわめて重要なさま。大事にして,丁寧に扱うさま。


家族を大事にして、丁寧に扱う。


血を分け合った親兄弟子ども親戚だけでなく、地球に一緒に住んでいる全ての生物たちを大事にして、丁寧に扱う。



そこに自分は存在しない。



この人は何者だろう?


この人は自分を何者だと思っているんだろう?



大事にして、丁寧に扱うということは その人の立場になって考えて行動することに他ならないとわたしは感じて行動していますが この人はわたしが見る限りでは、していないと思う。




わたしは自分のできないことはやりたい、やりますとは言わない。

それは、自分の言葉に責任があるから。

責任の持てないことは言わないしやらない。




だから、この人の言葉は、無責任な言葉に感じます。




無責任な言葉を聞くとわたしは、苦しくなる。
切なくなる。辛くなる。

涙が溢れて止まらない。。。



悲しくて悲しくてたまらない。。。


それなりに、誰かの下で働くと 仕えることを自ずと学ぶから、それをすると忍耐を学ぶことになり、それ時の感情を乗り越えると それが自信になります。

人に仕えることを覚えると、人の気持ちに寄り添うことも覚えるし、人間関係の上下関係において 信頼感を得やすいし、責任感も出来てきます。


結婚して、核家族で過ごすよりも お姑さんがいてその中で暮らす方が人間が揉まれて忍耐力もつくし、人からの信用も得やすいです。


仕事においては 上司がいて、組織の中での位地関係を学ぶことは大切です。


そんな 上下関係、仕えるということを 昔には、社会に出る前の家庭の中で学びました。


だから、社会に出て いっぱしに仕事が出来たのです。

だけど 今の世の中は、家族の中での学びがない、しつけがないから 社会に出てから苦労します。



人に仕えることを知らない人が多すぎるのです。

また、人に仕えることの恩恵も知らないのです。


人の温かみがわからない人が多いです。



人に仕えるということは、逆の役目の人が必ずいるわけです。

それは、一家の長である父親であり、学校ならば教師であり、会社なら上司です。

仕えることの意味、ありがたさがわかるから 教えていけるのです。



だけど 誰にも仕えたことのない人が 誰かの上になり導くことはできないのです。


夫婦間においても同じことです。


妻が夫に仕えなければ夫婦関係は崩れます。


夫がいかに理不尽なことを言おうが それに仕えて乗り越えていくと、自信ができ、それを子供に伝えていくこともできます。


妻が夫に仕えると、夫婦ですから必ず、何らかの恩恵はあるものです。


夫婦間で学んでいくと、家族関係がスムーズにいきますし 社会に出ても、それなりにやっていけるものです。


仕えると聞くと、封建的と思うかもしれませんが 仕えることを知らない人間は、人を育てることができません。


アメとムチの使い分けができないからです。


努力と癒やしです。



人が成長するには、努力と癒しが必要なのです。


癒やししか与えられないのは、育てることはできません。


癒やししか与えることができない人が多いです。



わたしは抱き締めるまえに説教たれます^^

わたしの説教は長い♪

だけど、そのあとは甘い♪デス


甘すぎます^^



と、話しはそれましたが

結局は 誰かにそれなりに仕えて学んで乗り越えた人は、人間が変わって、自信がつくから 人を育てる人になりますよ ということです。


まずは 自分が誰かに仕えて育てられて、人を育てる人になりましょう♪



メールアドバイスでは 人に対す仕え方を教えてる、かな〜


人に仕えることで、いろいろ見えてくるものです。


下にいたから、上に上がった時の見方がわかるのです。




だから どんな理由があれ離婚は賛成しないのです。
みすみす、学ぶ機会を逃すのはもったいないからです。
学び切って、互いの使命の違いに気づいたら 自然と離されますから。

そういうものです。


上下関係は、仲間意識とは違います。


仲間意識しか知らない人は人は導いていけないものです。


人を育てること、人に厳しくすること、仕えさせること、導くこと、甘やかすこと


教育においては必要なことです。


人を育てることができる人になってください♪



これからの未来のために。


これからの未来のために、子供を育てていけるのは、わたしたち大人です。



最近 こだわりの強い方の話しを聴かされることが多いですが、 
それはその方がこだわりが強いのではなくて その周りの方々のこだわりの強さを映しているだけなのですね。 


こだわり強くて嫌だ!って言ってる人自身のこだわりや裁く心を映し出しているのです。 


自分のこだわりを映し出してくれている。 


それは身内内で起こることの多いのが特徴のようです。


自分の親のこだわりが強くて嫌だ! 
って思われる方も少なくないと思いますが、それは子供のこだわりが親に反映されているだけ。 


子供というのは親にたいして、こうであってほしいと期待を抱くもので、それはある種のこだわりです。 

「誰でも人は完璧でなくて良いのだ❗」 
その想いで、親は、子供の親への理想を壊します。


親の最期の役目です。 


人生最期までお役に立ちたいものなのです。




有り難い限りです。 




この地球に住む人間としてまた この社会で生活する人間として必要なことを学ぶことが現代に生きる人々にとって必要だとわたしは考えます。 



だから まず、親が家族という小さな社会の中での生活の仕方を教えます。 

家族という単位での役割分担をして、立場の上の者を敬い下の者を慈しむことを元に日常生活の送り方、食事の仕方など 上の者が模範となって教えます。 

 

家族という小さな社会で社会の仕組みを学んだら外の社会に出るのです。 





最近では、学校に行きたくない、行かせないことを見聞きしますが、学校は躾の場ではなく教育の場です。 


昔から読み書きソロバンは必須であったはずです。 


小中高と順に進んで、最終的には社会に出ていくのですが、社会に出た時に人様の迷惑をかけない程度の生活ルールや知識、また労働方法、お金の使い方を学ぶことは必要だとわたしは考えます。 



そのため、学校教育が必要だと感じるなら通わせる選択をすべきでしょう。



しかし 保護者がそう思わないなら、やめればいい。 





学校に行かせる行かせないという選択を迷われてる保護者が多いと思いますが、上に書いたような社会人として育てるためにはまずは、今、何を選択するべきかを考えれば良いと思います。 



そして、子供は親の所有物ではなくて社会からの預かりものだという意識は必要だと思います。 






その意識がないから、子育てに迷うのではないでしょうか? 




保護者の描いた子供の未来に子供を当てはめることもなくなるように感じます。 




娘はわたしの作品として社会に出しています。


そして 彼女の生きたいように生きることができるため わたしは手助けをしたり助言はしています。 





自分がいなかったら生きていけないようにしてしまうことは、避けるべきなのです。 







わたしが学校教育について意見を言わないのは、子供を所有物として見ている保護者や指導者が多くて何を言ってるか意味がわからなかったのですが、最近になって理解できたので書いてます。 



子育てって子供に調和を教えることなんです。

子供は誰とだって仲良くしたいのです。

でも、生まれ持った特性で 仲良くできないのって楽しくないじゃないですか。

だから
その仲良くの仕方を教えていくんです。

できないことで仲間外れにされちゃうなら
頑張って、出来るようになればいい。

そこに親が全力で挑むんです。

仲間外れにされたら、悲しいですよ〜

『いやあね!そんなお友だちと遊んじゃだめよ』
なんて、簡単に排除するから 友達がいなくなるんです。

なぜ 子供の目線で、考えてあげられないのですか?

仲良くしたいんです。

子供は愛のかたまりですから♪

子供だけの力でなんとかさせるって

ヒントも与えない気ですか???

それとも、自分がわからないから 子供に押し付けですか?

親がわからないから、聞けばいいんです。

調べればいいんです。

なぜ、それをせずに 子育てを子供任せにしてるんでしょうね。

親は 調べて、聞いて教える義務があるんですっ

そして 子供は 『権利』がある。

子育てを受ける『権利』があるんです。

この地球での調和を学ぶ権利があるんです。

わかりますか!

この地球で調和を学ぶための権利です。

その権利を受けに、子供は生まれてくるんです。

あなたは
生まれてきた子供を 宇宙人のままにしておくつもりですか?

人間として 育てようとは思わないのですか?



それが義務教育です。

親の役目は子供を育てること。

義務とも言うべきことです。

自分の子育てが原因で子供がうまく自立できない場合があります。

そして 自分(親)が スピリチュアルを学び 自分の子育ての仕方が原因だとわかる場合があります。

スピリチュアルでは自由意志を尊重する と言われます。

そして それを鵜呑みにして 自立していない子供の自由意志を尊重する、見守る、祈る と言います。。。


それって 子育て放棄じゃないでしょうか?


その時点から
子育てのやり直しをするべきだと思うのが 親ではないでしょうか?


甘やかすんじゃないです。
育てるんです。

ちゃんと 自立できるように育てるんです。

育て直しをするんです。
また、子育てをさせていただけるんですよ


子供を自立できるまで育てるのが 親の義務だと思います。

何歳になっても 子供は子供です。

親ならば 自立できるように ちゃんと子育てしてください。

スピリチュアルに生きるとは自分だけスピリチュアルに傾倒しているのでなく まずは家族を調和に導くように実践することなのだと思います。

スピリチュアルは調和です。

調和なくしては何も生まれない。


子育てができて、家族育てができて それから 外に、他者との調和を保てるようになれるといいですね。


まずは 子育て、家族育てですね

スピリチュアルな話を理解してもらえないと悩んでいる人がいます。


宇宙だ、UFOだと現実的ではなく、夢みたいなことを話しているだけでは いくらいい話をしていたところでわかってもらえない世の中です。


まあ、最近は昔ほどではないですが それでも、まだまだ 理解はされないのが現状です。


仕方がないと思います。

だって そういうことを話す人たちは
現実的に生きることを否定しているから。


家に引き込もって、ゲーム三昧や家族を捨てて、一人放浪の旅に出たりやまともに働かない。


働こうとしない。


自分の子供が不登校であろうと悩みもしない。


離婚して一人になったり、不倫して略奪愛。


それでは、信じないですよ。


信じられないです。


信じてもらいたいなら、努力をしなくちゃ。


現実をしっかり生きて、親孝行もして、家族を大切に生きる。


まずは そこからです。



家族に迷惑をかけることを当たり前にすることも信じてもらえない要因です。



そして 自分を理解してくれる人だけとつるむ。


あとは否定する。



誰が そんな人を信じますか?
相手にしますか?



本当に、自分が〇〇〇の使命があるとか 〇◎〇の生まれ変わりだと言うのなら

現実的に生きることぐらい朝飯前のはずです。



そこまで 志しがあるならば、できるはずなのです。




まあね、どんな生き方をしようと自由です。


自分を理解してくれる人とだけ、居心地の場所でヌクヌクしている生き方も自由なのです。



その自由なこの地球での人生の中で どんな選択をして生きていくのでしょうか?



どんな魂でも尊重しあって生きていくのです。



自分自身が気付かないと、上がってはいけない。。。



真実はそれだけです。

昨日、知人と話をしていて感じたのは

親子関係、子育てに関してですが

親が真剣に子育てをしていない家庭が多いんだなあ って思いました。

わたしの周りでは 比較的、子育てに関しては真剣に取り組んでいる人も多く 悩みながら子育てをしているのです。

しかし

親が自分のことしか関心がなく 子供に目を向けない人も多く存在するんだな ということ。

また はたから見ていると いかにも間違っているのに 自分の子育てに間違いはないと勘違いをしている親も多いんだな ということ。

そして 勘違い、無関心な親の元で育った子供が多いんだなあ ということです。

悩む人ならば、親は模索しながら考えますが 考えもしない、問題を問題ととらえないどうしようもない親が存在するんだ という事実を突き付けられました。

自分の親はこんな親なんだ

と、情けないと感じて親になった人が多いんだ ということ。

子供が子供を生んで どちらも成長することなく生きている

そんな親は決まって

『子供の個性を大切に』
と言われます。

個性を大切に育てているのではなくて
産みっぱなしなだけだと思います。

ペットの飼育が出来ない人間が子供を産む。

よく 聞かれるのが

自分が親にされて嫌だったことを子供にはしたくない

という言葉。

それって 子供を想っていない行動を押し付けられていたのだろうか?

しつけをしていく中で 戒め、諌めることも多々ありますが
その戒め、諌めを子供が嫌がり その子供が親になった時に、自分がされて嫌だったからと子供を戒めない、諌めない のではないのでしょうか?

娘がわたしによく言うのが

友達の子の親が叱らないことを お母さんはわたしによく叱る

そんなとき わたしはこう言います。

『友達のお母さんは
やって良いこと悪いことの区別がつかないから、子供を戒めることができないんだよ』

やって良いこと悪いことの区別がつかない大人が多すぎます。

フルネーム鑑定をして思うのは


親さんの名前を視ただけでは らちがあかなくて 結局、ご家族分のお名前を教えていただき バランスを見ながら 調整というかエネルギーを動かしていくと お子さんの様子が変わってくる


ということですね。


鍵になるのは、母親です。
その次が父親。



母親のエネルギーを変えていけば、大概が、良くなります。


でも 夫婦仲が悪かったり 離婚を考えている夫婦は難しいですね。

まず、そこから さわらなきゃいけないです。


親さん両方を、地球に繋げていくと

夫婦仲を改善できるように促されていきます。




親がグラウディングできていると 子供はまっすぐ育ちます。



グラウディングとは現実を生きることですが


子供を育てていく上で大切なことは


『感謝することを教える』


です。



もともと わたしたちは 宇宙から来ていますので 、宇宙には繋がっていますが 地球には繋がっていません。


だから 親が子育てをしながら
地球に繋げていくのです。


生まれたての赤ちゃんは、感謝の塊みたいな存在です。

自分自身が感謝の塊ですから わざわざ『ありがとう』と発しません。


だけど 大人は 『ありがとうと言いなさい』と躾る。

だから 子供は矛盾を感じるのです。


そこが元々の原因なんですね。


この地球には 『ありがとう』と感謝の気持ちを 言葉や態度で表すために 生まれてきているんだよと 子供に教える必要があるんです。

地球で生活するためのルールです。



感謝の塊である子供は 説明されれば できますが
説明されなかったら 矛盾して 生きていくのが辛くなります。



親が それをわかっているかわかっていないかは 天と地ほどの違いがあります。



だから
親は 感謝するとはどういうことかを学ぶ必要があるのです。



まだまだ、テレパシーだけの世界にはなりません。


子供に
感謝を身体で表す方法を学び、伝えましょう。

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