この世界にあるすべてのものは感謝するために存在するbyままのまま

わたしは、地球にグラインドしています。 わたしの意識は地球に同調しています。 わたしの想いは地球の想いです。 わたしの叫びは地球の叫びです。 わたしの言葉は地球からのメッセージです。 少しでも、みなさんに 地球の想いを感じていただけたら幸いです。

カテゴリ: 家族


わたしたちは何らかのカルマを刈り取るために生まれてきています。 


まずは個人的カルマ、次は家族(ご先祖様含む)的カルマ、次は社会的カルマ、民族的カルマ。。。 



わたしは個人的カルマは外れていて 今は家族的カルマに取り組んでいます。 


家族、一族の中でわたしひとりが外れているので、 周りを引き上げるべく、日々、働きかけをしています。 


これらは、わたしから歩み寄らないと出来ないことです。 




わたしたちはひとりで生きているわけではないので、家族、親族の中で重大な問題を抱えていたら 自分自身にも影響を及ぼすのです。 



自分の家族は違うけど、親戚にうつ、不登校、病気といった問題を抱えている方は少なくありません。 

そのため、自分の家族は大切にするけど 親戚とは付き合わないという方も少なくありませんが、付き合いなくても 自身の家族、自身に影響するものなのです。



もしかすると 自分の病気がなかなかなおらないのは、親戚の人の不登校と関わりがあるかもしれません。(実際は関係大有りです。) 





フルネーム鑑定で一族ひとまとめに視させていただくのはそのためです。




いくら自分だけ良くなりたい!と願っていても、親族間でいさかいがあったり恨みや妬みがあっては、良くなりません。 



〜されたから許さないなど言い分を聞かされることも少なくありません。 





良くなりたいという想いでわたしの元に来てくださっても それが親族間のいさかいで許すことからですと話すと受け入れられない、、、、、。 

最初は受け入れられないかもしれないですが そこが原因だから、受け入れ許すしかなすすべはないものです。 


それをいつまでもいつまでも 足踏みしたままの方が多すぎるなあと感じています。 



わたしは原因を取り除くすべをお教えしてるのだから、やればいいだけなのに、やらない。 


それを邪魔してるのは、自身のプライドなのだと思います。 



許すことは自身が乗り越えること。 

自宅学習と同じです。 

簡単なことから事細かにお教えしても、お願い系はやっても自習系はやらないというのでは、力がつくはずはないのです。 


真面目にコツコツ取り組むことからで、
そのために毎日、日記を書くことをお勧めしています。 



日々の生活をひとつひとつ振り返り見直す作業をしていくことから、人を許せるようになるのです。 


許せるようになったら、親族にたいしては親身になり手を差し伸べることをしてこそわだかまりが溶けるもので、まずは自分から歩み寄ることのできる人になることなのです。



そうやって 家族、親族間のカルマを刈り取ることが出来ると民族レベルのカルマも解消されていき 世界が平和にしていくことが出来るのです。 





よく、仲間を大切にと言われますが まずは家族です。 




間違えないでください。 





それなりに、誰かの下で働くと 従うことを自ずと学ぶから、それをすると忍耐を学ぶことになり、それ時の感情を乗り越えると それが自信になります。

人に従うことを覚えると、人の気持ちに寄り添うことも覚えるし、人間関係の上下関係において 信頼感を得やすいし、責任感も出来てきます。


結婚して、核家族で過ごすよりも お姑さんがいてその中で暮らす方が人間が揉まれて忍耐力もつくし、人からの信用も得やすいです。


仕事においては 上司がいて、組織の中での位地関係を学ぶことは大切です。


そんな 上下関係、従うということを 昔には、社会に出る前の家庭の中で学びました。


だから、社会に出て いっぱしに仕事が出来たのです。

だけど 今の世の中は、家族の中での学びがない、しつけがないから 社会に出てから苦労します。



人に従うことを知らない人が多すぎるのです。

また、人に従うことの恩恵も知らないのです。


人の温かみがわからない人が多いです。



人に従うということは、人を従わせる役目の人が必ずいるわけです。

それは、一家の長である父親であり、学校ならば教師であり、会社なら上司です。

従うことの意味、ありがたさがわかるから 教えていけるのです。



だけど 誰にも従ったことのない人が 誰かの上になり導くことはできないのです。


夫婦間においても同じことです。


妻が夫に従わなければ夫婦関係は崩れます。


夫がいかに理不尽なことを言おうが それに従って乗り越えていくと、自信ができ、それを子供に伝えていくこともできます。


妻が夫に従うと、夫婦ですから必ず、何らかの恩恵はあるものです。


夫婦間で学んでいくと、家族関係がスムーズにいきますし 社会に出ても、それなりにやっていけるものです。


従うと聞くと、封建的と思うかもしれませんが 従うことを知らない人間は、人を育てることができません。


アメとムチの使い分けができないからです。


努力と癒やしです。



人が成長するには、努力と癒しが必要なのです。


癒やししか与えられないのは、育てることはできません。


癒やししか与えることができない人が多いです。



わたしは抱き締めるまえに説教たれます^^

わたしの説教は長い♪

だけど、そのあとは甘い♪デス


甘すぎます^^



と、話しはそれましたが

結局は 誰かにそれなりに従って学んで乗り越えた人は、人間が変わって、自信がつくから 人を育てる人になりますよ ということです。


まずは 自分が誰かに従って、育てられて、人を育てる人になりましょう♪



メールアドバイスでは 人に対する従い方を教えてる、かな〜


人に従うことで、いろいろ見えてくるものです。


下にいたから、上に上がった時の見方がわかるのです。




だから どんな理由があれ離婚は賛成しないのです。
みすみす、学ぶ機会を逃すのはもったいないからです。
学び切って、互いの使命の違いに気づいたら 自然と離されますから。

そういうものです。


上下関係は、仲間意識とは違います。


仲間意識しか知らない人は人は導いていけないものです。


人を育てること、人に厳しくすること、従わせること、導くこと、甘やかすこと


教育においては必要なことです。


人を育てることができる人になってください♪



これからの未来のために。


これからの未来のために、子供を育てていけるのは、わたしたち大人です。


この地球に住む人間としてまた この社会で生活する人間として必要なことを学ぶことが現代に生きる人々にとって必要だとわたしは考えます。 



だから まず、親が家族という小さな社会の中での生活の仕方を教えます。 

家族という単位での役割分担をして、立場の上の者を敬い下の者を慈しむことを元に日常生活の送り方、食事の仕方など 上の者が模範となって教えます。 

 

家族という小さな社会で社会の仕組みを学んだら外の社会に出るのです。 





最近では、学校に行きたくない、行かせないことを見聞きしますが、学校は躾の場ではなく教育の場です。 


昔から読み書きソロバンは必須であったはずです。 


小中高と順に進んで、最終的には社会に出ていくのですが、社会に出た時に人様の迷惑をかけない程度の生活ルールや知識、また労働方法、お金の使い方を学ぶことは必要だとわたしは考えます。 



そのため、学校教育が必要だと感じるなら通わせる選択をすべきでしょう。



しかし 保護者がそう思わないなら、やめればいい。 





学校に行かせる行かせないという選択を迷われてる保護者が多いと思いますが、上に書いたような社会人として育てるためにはまずは、今、何を選択するべきかを考えれば良いと思います。 



そして、子供は親の所有物ではなくて社会からの預かりものだという意識は必要だと思います。 






その意識がないから、子育てに迷うのではないでしょうか? 




保護者の描いた子供の未来に子供を当てはめることもなくなるように感じます。 




娘はわたしの作品として社会に出しています。


そして 彼女の生きたいように生きることができるため わたしは手助けをしたり助言はしています。 





自分がいなかったら生きていけないようにしてしまうことは、避けるべきなのです。 







わたしが学校教育について意見を言わないのは、子供を所有物として見ている保護者や指導者が多くて何を言ってるか意味がわからなかったのですが、最近になって理解できたので書いてます。 





親が自分探ししながらフワフワして子育てしてると子供もそれに右習えする。 


小さいうちはそれでも良いかもしれないが、物心ついて、外の世界を見るようになると、親に違和感を持つようになります。 


親が何かを受け入れていなくても子育てには関係ないことで、親が受け入れられないことを子供にも強要することではないのです。 


子供は違和感を持ってもそんな親を受け入れようとするものです。


純粋な想いで受け入れようとするものです。 





********************** 

わたしが自分探し真っ最中の時期、娘の受験期でした。 

親としての選択を間違える寸でで姉に助けられました。 


いろいろありますが、感謝しかないです。 





新学期に学校に行きたくないって家の中が快適だからじゃないか? 


家と学校を比べるからでしょ 


学びと遊びを比べるからでしょ 






比べる必要ないものを比べることって意味あるのか? 



比べる必要ないものを比べる選択を許してるっておかしくないか? 



家で学校以上に学ぶことができると確信できるなら行かない選択もあってもいい。 




学校は学ぶ場所だ。 

娯楽場所じゃない。 




学ぼうとする強い意思があればどこだって学べる。 

強い意思を持っていれば、どんな人生も生きていける。 




胎内記憶のある子供が産まれてきている昨今ですが、胎内記憶よりも優るものがあります。


それは、母親が子供をお腹に授かっている時の体感です。



子供がどれだけ胎内記憶があるのか知りませんが、母親は子供が形を成さない頃には、つわりがあります。


それって 子供がまだ、自分という意識がない時です。


母親はその頃から、お腹の子供を意識して生きているのです。


身ふたつの意識です。



いくら子供が胎内記憶があったとしても親の記憶に優るものはないと思います。



お腹に宿した瞬間、つまり授精した瞬間の記憶がわたしにはあります。


その瞬間から、出産するまでわたしは母親意識が生まれ、ふたつの意識で生きているのです。


母親って授かった瞬間から母親だよ。



身ふたつになってから、反抗期でババアと言われても、その子の意識のない時には、その子を意識して生きていたんだと言い返してください。


自信を持ってください。

母親はいつまでも母親です。


自分の母親でも同じことです。


あなたの知らない記憶があるのは生んでくれた母親です。



唯一、あなたがこの世に生を受けた時の記憶を持つのは、あなたの母親なのです。


ずっと書きたいと思っていたことがあります。 

それは、ご老人のこと。 




昭和初期から戦前に生まれた方々というのは、戦争を経験されているだけあって そこでの体験に基づく感情や学びがあるものです。 


そして その人達が子供を生み育てています。 


そこには、ある種のこだわりがあるようです。 





最近では、体の弱くなったご老人は、ホームや施設に入られることも少なくありません。 


また わたしの周りのご老人を見ていると、自分勝手な考えの方もいらして驚きます。 



きちんと子育てをされてこなかったご老人は、子供に見放される傾向があります。 


そのため、自身の内省を促すために病気になられています。 

それで苦しまれている方は大勢いらっしゃいます。 

「死ぬに死ねない」という状況を自身が作り出しているのです。 




魂は、亡くなるまで、成長したいと願う存在です。 
亡くなるまで反省を促されているのです。 


また 反省を促され、その相手からの許しを待っているのです。 



怒りや憎しみがあったとしても それを子育てに影響させてしまっては、巡り返ってくるのです。 



自分でつくったカルマは自らが刈り取る他ないのです。 



しかし そのようにして生かされている人々を、甘い蜜を吸わせて利用しようとされる方々もいらっしゃるわけで。 


だから 反省できないご老人が増えていくのです。 


清き一票も利用されるのです。 




愛を知らない人が愛を語る。 


思いやりとか共存共栄だとか真しやかに語るけれど、その本質を知る者は少ない。 




心はそのまま生きる姿勢となるものだ。 


自分がされたことばかり感じて思いやりを持ちましょうとか相手の立場になって考えましょうとか、いつまでも被害者意識で居る人が居て、そんな人たちは逆に加害者になっているものです。 



自分が加害者であることに気づかず愛を語る。 



そんな方々に気付きが起きるようにとのエネルギーが降りてきているような感じがします。 



被害者意識の強い人は自分の痛みにに関心はあるけど他者の痛みには疎いです。 


そのような方は、今まで問題視してこなかったことを改善させられていく流れになっているような気がします。 


例えば、その心の見直しのために周りの者が病気になったりして気づかされていくでしょう。


そうやって、家族の立て直し、被害者意識の見直しが起きています。 



この人生で「大切にする」と決めてきていることは何ですか?。


「大切」は、正しさや常識ではありません。


人ひとりの人生における「大切」は誰にもジャッジすることはできません。


どんな生き方であれ、
自分自身との「約束」なのです。



自分の「大切」を知るためには まずは、自分との約束を守ることなのです。

規則正しく生活して、 自分に課していることをこなすことで 自分の「大切」に気づいていくのです。



わたしは、起床時間からその後の行動まで、自分で決めて動いています。

〜時までには、掃除を終えることや 〜時間でひとつの物事を終える というように、
家族全員が食卓に揃う7時までには、掃除、お詣り等、は済ませています。



まあ、主婦ならばそれぐらいのことは当たり前のことですが、仕事に出掛けるまでには 日常的なことはこなしておきます。

それが基本で、基本的な日常をこなすから 発展的な仕事に取り組むことができるのです。



それ以外にも自分との約束事を決めたら、守っています。



そうすると 自ずと、自分の「大切」がわかってきます。


譲れないもの。


Must Haveです。



頭で考えてもわからないです。


込み上げてくるものだから。



これがなくては生きてはいけない。


これのためだから、頑張れる という「大切」です。



あなたの「大切」を見つけてください。


どうして台風が起きるのかなあ? 


きっと 家族仲良く、夫婦仲良くするためだよ。 


だって 
早く、家に帰ってくださ〜い。
外に出てはいけませ〜ん。 


って

風力、進路をメディアを通じて教えてくれるから。



最近の台風は親切だね。 


仲良くしようね♪




このページのトップヘ