この世界にあるすべてのものは感謝するために存在する

わたしは、地球にグラインドしています。 わたしの意識は地球に同調しています。 わたしの想いは地球の想いです。 わたしの叫びは地球の叫びです。 わたしの言葉は地球からのメッセージです。 少しでも、みなさんに 地球の想いを感じていただけたら幸いです。

カテゴリ: 般若心経

仏教とは、仏陀の教えという意味です。

従って 仏教は仏陀が説かれた教えに学び、その教えを自らの人生の支えとして生きる宗教です。

仏教では 悟りを得ることによって『仏陀』 つまり、仏様になるのです。

悟りとは 目先の欲による一時的な快楽に幸せの価値を求めることから脱却して 欲を離れ 永遠に失うことのない『心の安らぎ』こそ 本当の幸せであると 180度の価値観の転換を計ることなのです。

お釈迦様の教えは
人間の本当の幸せとな何か?
どのようにすれば真実の幸せに至ることが出来るか?
人間はどのように生きるべきか?
をと言うものです。

この教えを書き記したものが『お経』なのです。

反省のない人は素直さと謙虚さに欠けた人です。

しかも、本人はみずからの過ちに気付きませんから何度も同じ過ちに気付きませんから何度も同じ過ちを繰り返すのです。

このような人は 常に自分中心にものごとを見、考える人ですから智恵がわかないのです。

懸命な人は 謙虚に受け止め、反省をします。
そして つぎに行うときには 前の失敗を繰り返さないように 努力をしますから 何事も順調にいくのです。

失敗に気づき、反省をすることが智恵であり 悪因を消滅させ、業力がはびこることを防ぐことになります。

二度と同じ過ちを繰り返さないように努力していくことが大切であり それが 悟りに繋がります。

その根底になるものが瞑想です。

静かに瞑想をし、自己を見つめて内省するのです。
自己を静かに反省して 悪因の根を断ちます。

そして どのように行うことが善因の種を蒔くことになるか考え 善行を積んでいくのです。

☆八正道

『正見』とらわれの心を廃し、ものごとをありのままに正しく見ることです。

『正思』ものごとを正しく考えて判断することです。

『正語』嘘を言わないで、ものごとを正しく話すことです。

『正業』正しい行いをしなさいということです。

『正命』規則正しい生活をしなさいということです。

『正念』正しい目標を持ちなさいということです。

『正定』心を正しく安定させ、常に心を安らかにしなさいということです。

以上の八つの正しい教えこそが、釈尊の説かれた実践哲学であり、悟りを得るための具体的な方法です。

まず、『正見』がすべての基本になります。

偏見をまじえず、ものごとに執着せず、自我にとらわれない正しいものの見方が基本です。

あと、正しいものの見方、考え方の『正しい』とは?

自分と他人の区別がない、平等な観点に立つ ということです。 つまり、慈悲心に立脚したものと言えます。

☆六波羅密

六波羅密とは? 八正道を具体的な日常生活の指針としてまとめられたもの

1.布施波羅密
人は誰もがお互いに時分ができることを施しあって 心に安らぎを得ること。

2.持戒波羅密
人間として行ってはならない戒めを守り 心と身体を清く保つこと。

3.忍辱波羅密
忍辱とは、我慢してじっと耐えること。

4.精進波羅密
精進とは 一心に努力すること。

5.禅定波羅密
禅定とは 心を静かに安定させること。

6.智恵波羅密
智恵とは ものごとをありのままに見ること。

ツインフレームの魂として生まれてくると言うことは
ツインフレームの魂として生きると言うこと。



ツインフレームの魂として生きるということは、最終的統合まで、 ツインフレームの苦しみがつきまとうと言うこと。



ツインフレームの苦しみ。。。





根源の愛から分離してきて、わたしたちは、共にいた。


そして、地球に降りる前に分離した。


分離の苦しみは、統合するまでつきまとう。



そして


地球に降りるということは、
魂が統合するだけでなく、現実で統合するということを意味する。



そう、最終目的は、現実的な統合。




わたしたちが分離したと同時に、地球で統合する旅に出たのだった。




ツインフレームは 地球で再び、統合するために分かれてきた。



そのプロセスが 地球を次元上昇させるのだ。



わたしたちの統合の過程が地球をアセンションに導く。



魂で、地球を浄化しながら
魂で、地球を癒しながら わたしたちは上昇する。




一度、離れた魂が統合するということは、
今まで、生きてきた過去を振り返るということ。




離れていた期間を振り返る。



離れていた寂しさを、再び、味わうということ。。。



だから、苦しい。。。




どれだけ、はがしても
どれだけ、はがしても

苦しい。。。



あの時の寂しさを思い出すと、
自分の光が小さくなるんだよ。。。



あの時の寂しさを乗り越えながら
地球をアセンションに導いているんだ。。。




わたしたちは、ツインフレームの魂。



根源の愛から分離してきた魂なんだ。。。


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反省のない人は素直さと謙虚さに欠けた人です。 しかも 本人はみずからの過ちに気づきませんから 何度も同じ過ちを繰り返すのです。
このような人は、常に自分中心にものごとを見、考える人ですから 智恵がわかないのです。

懸命な人は 謙虚に受け止め、反省をします。
そして つぎに行うときには、前の失敗を繰り返さないように、努力をしますから、何事も順調にいくのです。

失敗に気づき、反省をすることが智恵であり 悪因を消滅させ 業力がはびこることを防ぐことになります。

二度と同じ過ちを繰り返さないように努力していくことが大切であり
それが 悟りに繋がります。


その根底になるものが 瞑想です。

静かに瞑想をし、自己を見つめて内省をするのです。
自らを静かに反省して 悪因の根を断ちます。


そして どのように行うことが善因の種を蒔くことになるか考え 善行を積んでいくのです。


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仏教とは、仏陀のおしえという意味です。

従って 仏教は 仏陀が説かれたおしえに学び、そのおしえを自らの人生の支えとして生きる宗教です。


仏教では
悟りを得ることによって『仏陀』つまり 仏さまになるのです。

悟りとは
目先の欲による一時的な快楽に幸せの価値を求めることから脱却して、欲を離れ、永遠に失うことのない『心のやすらぎ』こそ 本当の幸せであると 180度の価値観の転換を計ることなのです。


お釈迦さまの教えは
人間の本当の幸せとは何か、どのようにすれば真実の幸せに至ることができるか、人間はどのように生きるべきか をと言うものです。

この教えを書き記したものが『お経』なのです。

わたしの 日常は以前にも書いたかと思うのですが、相手に対して感謝を表すということ日常的にしています。

仕事においても、家庭においても どんな場所においても 『感謝』の気持ちを忘れずに、表すということを心がけています。

昨日の手相占いで 神秘十字線はないけれど運が強いってこういうことなんだと思うのです。

神秘十字線というのは、ご先祖様や見えない世界からのご加護がある方や見えない世界に強烈に惹かれる方に表れるようです。

わたしは 見えない世界との繋がりはありますが、それ以上に 周りに恵まれています。

他人からみたら嫌だなあと思えることでも わたしからしたら 「わたしを成長させるためにしてくれているんだわ、ありがたいわ」って思える奇特な性質のため どんなことをされても、誰に対しても 「ありがとう」って言えるのです。

と、まあ こんな日常、菩薩行をしているんですね。

だから たまたま、できちゃう電車止めちゃうこととか スピリチュアル的な能力的なことは わたしにとって グリコのおまけみたいなものなんです。

わたし 元々、宇宙にいたときには 能力的なものは半端なく高かったんです。

だから 菩薩行をして 段階を上がる毎に アイテムをもらえるんです。

能力的なことはわたしにとって メインじゃなくておまけなんです。

だから わたしは 基本は光ってるだけなんです。

わたしの本業は フルネーム鑑定でもなくて

ただ、ただ

菩薩行をしながら、
光ってるだけ^^です♪

だから
今後、個人的に相談に乗ることは控えさせていただこうかなあ〜 と思っています。

わたしの役目は
個人的に関わることではなくて
地球の次元上昇を助ける役目でもあるからです。

とは言っても 今までのメールアドバイスの方々はこのまま引き続きさせていただきますよ〜♪



だから これからご相談がある方は メールアドバイスという形ではなくて 単発でお願いします。


このブログを毎日、読まれている方には わたしの光りが注がれているので、グラウディング力はついてくると思います。


わたしの光りは いつも、万全です。



仏教とは、仏陀のおしえという意味です。

従って 仏教は 仏陀が説かれたおしえに学び、そのおしえを自らの人生の支えとして生きる宗教です。

仏教では
悟りを得ることによって『仏陀』つまり 仏さまになるのです。

悟りとは
目先の欲による一時的な快楽に幸せの価値を求めることから脱却して、欲を離れ、永遠に失うことのない『心のやすらぎ』こそ 本当の幸せであると 180度の価値観の転換を計ることなのです。


お釈迦さまの教えは
人間の本当の幸せとは何か、どのようにすれば真実の幸せに至ることができるか、人間はどのように生きるべきか をと言うものです。

この教えを書き記したものが『お経』なのです。


でも 実際に、悟り。。。目先の欲による一時的な快楽に幸せの価値を求めることから脱却して、欲を離れ、永遠に失うことのない『心のやすらぎ』を得るまでは

仏教とは何なのかは、わからないと思います。


この仏の教えこそ
地球で生きていくことの大切さや宇宙的真理が含まれているものだからです。


宇宙ばかりに目を向けて、ご先祖さまがいらっしゃる仏壇や仏さまに手を合わせることもしない人々に この仏教の素晴らしさを教えてあげたいなあ と思うのです。



般若心経の教えの素晴らしさを伝えていきたいと思うのです。


実践こそすべてです。

【利他心】
自分の利害はさておき、他人に利益となるよう図る心。

1他人に利益となるように図ること。自分のことよりも他人の幸福を願うこと。
2仏語。人々に功徳・利益(りやく)を施して救済すること。特に、阿弥陀仏の救いの働きをいう。


自分よりもまずは他人という考え方のようです。

心の内側に他人への嫉妬や拘りがある場合には、ストレスを抱えるでしょう。
それでも、やり続けると、拘らなくなる。。。

やり続けることは、修行になります。。。

修行をすることは、拘りがある状態からない状態にする働きがあるのですね。。。


でも、修行、利他の心の実践をしなくても
先に 自分の心に向き合って 嫉妬や拘りを無くしておけば
利他の実践をしなければいけないと、覚悟を決めなくても 自然にできてしまうのです。


わたしは
インナーチャイルドと向き合って
嫉妬や拘りを自分の心の内側から、解放をしてきました。


だから
心がおだやかです。


心がおだやかだから、利他の実践をしようと覚悟しなくても 自然に できてしまいます。


修行ではないのです。


ただ、ただ 感謝を表して生きているだけです。



利他の心とわざわざ思わずとも 自然に無意識に身体が心が動きます。


そうなると

利他の実践ってなに?と思います。


他者に何かを働きかけるとこは
すべて 自分に返ってくるから
『利他の心』自体がないことに気が付きました。



すべてに感謝をして生きることは、利他の心も内在することになるのです。

選択には大きく分けて二つあります。


ひとつは、現実を生きるという選択。

そして、もうひとつは 現実逃避をするという選択です。


だいたい、どちらかです。

何か、事が起きた時に 解決しようとするのが、現実を生きるという選択で 逃げようとするのが 現実逃避するという選択です。


選択は自由です。


どんな生き方も、その人の自由意思で決められます。


現実を生きなければいけない

ということではなく、

また、

現実逃避はいけない

ということでもないんです。



でも、前を向いて、進むことができるのは

現実を見て生きる生き方なのです。



目の前のご主人が嫌いで嫌いで仕方がない。

とする。

『ご主人が嫌いという現実』と向き合い克服することが、現実を生きる選択ということで
嫌いだから、離婚をするというのは
現実逃避の選択だということをわかってください。


現実を生きるということは、『克服する』『乗り越える』
ということなのです。


だから、離婚しても 同じような人と知り合ってしまうんです。



そして、子供は 親を選んで生まれくるといいます。

先ほど 書いた
『子供は親を信頼して生まれてくる』
というのは、
実は 子供は、『親自身の現実を生きていくことを信頼して生まれてくる』ということなんです。


要は
子供は、親に対して 『現実を見て、前を向いて生きてね』と 見守り、応援してくれている存在なんです。



だから
子供は、

現実逃避ばかりしている人に対し、
身を正しなさいと教えてくれるために生まれてきてくる時もありますね。

また、

子供が欲しくてもできない場合には
まだ 向き合うことがあるから それを乗り越えてからですよ という場合もあります。



現実逃避は 悪いことではないけど
癒し的な バカンス的に捉えていただけると 進みは早くなるかと思います。


わたしたちは
現実逃避をするために生まれてきたのではなくて、現実を生きるために生まれてきたんです。



そこを よくよく、理解をしていただきたいですね。

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