この世界にあるすべてのものは感謝するために存在する

わたしは、地球にグラインドしています。 わたしの意識は地球に同調しています。 わたしの想いは地球の想いです。 わたしの叫びは地球の叫びです。 わたしの言葉は地球からのメッセージです。 少しでも、みなさんに 地球の想いを感じていただけたら幸いです。

カテゴリ: 子供について

胎内記憶のある子供が産まれてきている昨今ですが、胎内記憶よりも優るものがあります。


それは、母親が子供をお腹に授かっている時の体感です。



子供がどれだけ胎内記憶があるのか知りませんが、母親は子供が形を成さない頃には、つわりがあります。


それって 子供がまだ、自分という意識がない時です。


母親はその頃から、お腹の子供を意識して生きているのです。


身ふたつの意識です。



いくら子供が胎内記憶があったとしても親の記憶に優るものはないと思います。



お腹に宿した瞬間、つまり授精した瞬間の記憶がわたしにはあります。


その瞬間から、出産するまでわたしは母親意識が生まれ、ふたつの意識で生きているのです。


母親って授かった瞬間から母親だよ。



身ふたつになってから、反抗期でババアと言われても、その子の意識のない時には、その子を意識して生きていたんだと言い返してください。


自信を持ってください。

母親はいつまでも母親です。


自分の母親でも同じことです。


あなたの知らない記憶があるのは生んでくれた母親です。



唯一、あなたがこの世に生を受けた時の記憶を持つのは、あなたの母親なのです。

昨日、知人と話をしていて感じたのは

親子関係、子育てに関してですが

親が真剣に子育てをしていない家庭が多いんだなあ って思いました。

わたしの周りでは 比較的、子育てに関しては真剣に取り組んでいる人も多く 悩みながら子育てをしているのです。

しかし

親が自分のことしか関心がなく 子供に目を向けない人も多く存在するんだな ということ。

また はたから見ていると いかにも間違っているのに 自分の子育てに間違いはないと勘違いをしている親も多いんだな ということ。

そして 勘違い、無関心な親の元で育った子供が多いんだなあ ということです。

悩む人ならば、親は模索しながら考えますが 考えもしない、問題を問題ととらえないどうしようもない親が存在するんだ という事実を突き付けられました。

自分の親はこんな親なんだ

と、情けないと感じて親になった人が多いんだ ということ。

子供が子供を生んで どちらも成長することなく生きている

そんな親は決まって

『子供の個性を大切に』
と言われます。

個性を大切に育てているのではなくて
産みっぱなしなだけだと思います。

ペットの飼育が出来ない人間が子供を産む。

よく 聞かれるのが

自分が親にされて嫌だったことを子供にはしたくない

という言葉。

それって 子供を想っていない行動を押し付けられていたのだろうか?

しつけをしていく中で 戒め、諌めることも多々ありますが
その戒め、諌めを子供が嫌がり その子供が親になった時に、自分がされて嫌だったからと子供を戒めない、諌めない のではないのでしょうか?

娘がわたしによく言うのが

友達の子の親が叱らないことを お母さんはわたしによく叱る

そんなとき わたしはこう言います。

『友達のお母さんは
やって良いこと悪いことの区別がつかないから、子供を戒めることができないんだよ』

やって良いこと悪いことの区別がつかない大人が多すぎます。

この世の中は コツコツ何かひとつのことを継続的にできる忍耐力をつけることが必要なのはもちろんですが いくら真面目に過ごしていても礼儀を欠くことをしてはいけないように思います。


そうすると、必ず しっぺ返しがきます。



真面目に生きているから良いというものではなく、人と人との交流においての礼儀を知らないと、恥もかくし、しっぺ返しもあります。



つくづく、思います。



わたしが 少しでも、首を傾げると、
その人に、何かが起きます。





礼儀は大切です。




家庭内で躾されていない人は、外で叩かれて成長するのでしょうが
できれば、子育てにおいて教えていくのが良いでしょう。



物事の道理に反したことをする人が多いから、社会の秩序が保てないのです。



言ってもわからない人は始末に終えないです。



教えれる人には教えていますが わたしから離れていく人には残念ながら教えられません。



世の中の秩序を乱すことが氾濫しています。



だから、地に足をつけた自分になり、礼儀を学ぶために いろんな出来事が起こるのです。




素直になる。。。ということは、礼儀を尽くせる人になる ということなのです。


有り難い限りです。



こうやって わたしたちは地球で生かされていくのです。




感謝しかありませんね。

わたしたちは わたしたちの子供を次に繋げるために生まれてきている。



だから、わたしたちは子供を育てる義務があるのです。


子供に教育を受けさせる義務があるのです。


だから、義務教育が生まれた。




子供は教育を受ける権利養育を受ける権利があります。




しかし、世の中では まともに養育をしない、教育をしない親がたくさん存在しています。



まずは 家庭内で家族という社会を教えます。


親子関係を通して、目上を敬い、目下を慈しむ。

そして、家の中のことを出来るようにしつけます。

母親だけが動き回っているのではなくて 子供も一緒にお手伝いをしながら学ばせていくのです。


家で出来ないことは外でも出来ません。


家庭内でしつけるのです。


外で迷惑かける人にならないためにしつけるのです。


お料理、洗濯、アイロンかけ、掃除に至るまで 教えるのです。


一緒にお料理をしながら、人の動きを覚えさせます。


人にぶつからずに動くこと。


家庭内で教えるのです。

親は子供に教えることばかりです。


ゲームをしている暇はないと思います。

なんのためにするの?



わたしは 物心ついてから 朝、起きたらトイレ掃除、キッチン掃除をするという習慣になっていました。


朝から掃除です。


朝から掃除して、身も心を清めてから神仏に手を会わせて、それから恵み(朝食)をいただきます。


恵みをいただくのに、歯磨きもしずにいただくことは不謹慎です。


だから、お掃除をしてお部屋も心も清め、身支度をしてから 恵みをいただきますと 手を合わせます。



そんな当たり前のこと、知らない人が多いです。。。

教えられないとわからない子供は


教えられていないとわからないんだ!

と主張するのではなくて、
わからないから教えてくださいと

言えるように、育てることが大切ですね。。



親子間では、いちいち言葉に出さなくてもわかりあえることが 社会に出たら、わかりあえないことが多いです。



だから
社会に出た時を想定して、子育てをしていくことが望ましいです。



子供はペットではないのだから 甘やかす、可愛がる だけではなくて
自立できるように育てることが必要ですね。



また、
大人になっても 未だに、自立できていない人が目立ちます。


そういう方こそ、自分を省みないといけないのですが
自分勝手に生きているのが目立ちます。



育てる親がいなくて、自立できないまま社会に放り出されれる方もいらっしゃいますが

守られているにも関わらず、親の躾がわからず、きゅうくつで 社会に飛び出した方もいらっしゃいます。




何が悪いではなくて


このようなことを社会全体で考えていける世の中にしていきたいものです。




誰もが、素直で優しい気持ちを持っているものです。



そこを わかって、尊敬尊重していきたいですね。

結局、

できる人は 推し量ることができないし、
できない人は 教えてください とへりくだることができないのです。



だから、上下関係ができたのだと思います。



教えることができない人。 威張る人。

また、教えを乞うことができない人。卑屈になる人。


そこに競争意識が加わったら、よけいに 教えないし 教えてと言えないですね。



日常の家庭生活で学ぶことはたくさんあります。



家庭で学べるか学べないかの差が 社会に出て 大きく差が出るようです。


家庭で教えられていないと、社会に出ても出来ないですから。。。



これは 受験受験と 競争意識を持たせたり、家族の会話がないことが要因でもありますね。


社会全体の問題ととらえるほうがいいと思います。



また、今は すぐに 病名をつけたがる傾向がありますが グレーゾーンと呼ばれる子供は もしかしたら、家庭の育て方が問題なだけで 病気ではないのかもしれませんよ。


親のふがいなさを棚に上げて、病名をつけて安心しないでください。


子供を思いやる心 生きていてくれるだけでありがたい との想いを思い起こしてください。



親が子供を愛しい、と思う心を思い出してください。


その想いを思い出したら、どのように育てたらいいのかわかると思います。



親が子供から教えてくださいとかありがとうございますとか言われないと教えられないのは論外です。


親の愛は条件付きではないはずですから。。。

理由がないとわからない。

腑に落ちないとわからない。



わたしのブログは 見える世界、見えない世界のことも 詳しく書いているつもりなので だいたいがわかってもらえるとは思いますが それでも納得できない方もいらっしゃいます。


それは、わたしが書いてあることを 自分のことと照らし合わせて考えることができない からなのですね。



だから 引き寄せの法則や宇宙の法則を知っても 応用ができない。


応用力がないのです。


だから、個別に 引き寄せの法則や宇宙の法則を使って お話しをさせていただいて やっと、書いている意味がわかりました と言われるのです。



わたしは昔から 素直さがない!と言われて 姉と比較されて 育てられてきました。


これは 素直さがないというよりも 説明されなきゃわからない、腑に落ちないと進めない からだったんだなあ と思います。



わたしはこの

理由がないとわからない
腑に落ちないとわからない

せいで、大変苦労をしてきました。



親は、元々 素直な人だったのでしょう〜

ツーと言えばカーという関係が普通だと思っていたのかもしれないですが こんなへんてこなわたしが生まれて ツーと言ってもわからない、いちいち説明しなきゃわからないのは とても、異質で面倒な子供だったと思います。


わたしみたいな

理由がないとわからない、腑に落ちないとわからない という人は 多いと思います。



理解するのに、すごく時間がかかります。


でも 一度、理解したら忘れません。



素直な人と素直でない人ってこういうことかな?と思うのです。



説明するのに日が暮れる。。。


勉強も同じかなあと思います。



わかるまで教える、身に付けるまで教える



誰もが、皆 素直なのです。


でも わからないだけなのです。


腑に落ちないと、進めないだけなのです。




当たり前のことを当たり前にすること。。。


これができる人と、できない人がいる。



それは その人が当たり前だと気付かないからなのです。


朝、起きたら お掃除をすることも おはようとあいさつすることも

日常の当たり前のことですが

一般的に当たり前だと思われていることが 日常において教えられていないと 当たり前にできないのです。

それが、躾かなあ と思います。



わたしは 躾の中で 素直じゃない!と比較されて育てられてきました。


わからないことは説明されなきゃわからないのに、説明ないまま 強制されてきました。


親からしたら 強制ではなくて、当たり前だから だったと思うのですが 子供にとっては 怖いことだったのです。

だから、卑屈に育ちました。



結局、当たり前のことが当たり前にできる人は、できないと言うこと自体、理解できないことなのです。

そこに罪はないけれど、できない人を慮ることは必要なんだ と思うのです。


バカにするよりも、慮ることが 大切なんだなあ と思うのです。




自分はそれが当たり前のようにできても 当たり前にできない人がいる。


それなら、どうしたらいいか?

を、誰もが考えられる世の中にしていきたいですね。



できる人の集団の中にいて、できない人をバカにする人も少なくありません。


常に、裏を見て生きていくようにしたいものです。

昨日のフルネーム鑑定でお話しをさせていただいたことなのですが。。。


親の気持ちって子供は理解できませんね。


それは 親とて人間で 自分の気持ちをきちんと言語化できないから 伝わらないです。



叱られて、殴られた!


これだけでは、わかりません。

殴られた記憶しか残りません。

だけど、殴るには それなりの理由があるのです。

そこを推し量ることが必要なのです。



わたしの記事が読みやすいのは、言葉にならない想いを言語化しているからです。




親のお小言には、愛情が含まれているものです。


だけど、言葉にしないから 伝わらないのです。



わたしは娘を叱る時は、理由をきちんと話します。

そして 娘に対しての愛している想いを伝えます。

そして、謝り方を教えます。



謝るって、言葉だけ 『ごめんなさい』と言えばいいものではないのです。

本当に、ごめんなさいという気持ちがあるのなら
頭が下がる、うなだれるはずです。

ふんぞり返って『ごめんなさい』とは言えません。


次に 本当に『ごめんなさい』と感じているなら

申し訳ないという謙虚な気持ちになり行動にあらわれるはずなのです。


叱られた相手(親)の行動を見て、何か手伝えることはないのかと、考えるはずです。


叱られた相手(親)の立場になって考えると、わかることなのです。

叱られたあと、部屋に隠るなんて 反省していない証拠です。


叱られた相手(親)の立場になって考えてみると


それ以上、怒らせないようにしよう!


と思えてくるのです。



だから、自ずと 身体が動くものなのです。



いつもなら
やってもらうことでも、率先して お手伝いをして なんとか楽をさせようと思うものなのです。


それが 相手の立場になって考えるということなのです。


機嫌を取る。。。と思われたくない
というのは、反省していない証拠で

申し訳ないという気持ちになったら
機嫌を取るという邪な気持ちではなく
楽をさせてあげたいという愛情がわいてくるはずです。



怒りを鎮めさせたい。。。という気持ちになれば 身体は動くものなのです。



親は

子供にこうやって 人に対する謝り方を教えていくのです。


家庭内でできないことは社会に出てもできません。



誰にでも、失敗はあります。


だけど 家庭内で 親がいいよ♪いいよ♪と許していたら 社会に出た時に苦労します。


だから 親は あえて、叱って教えるのです。


親は自分の子供が仕出かしたことを許す度量は持っています。


親なのだから。


だけど、あえて 叱って教えるのです。


それが 親の務めです。



社会に出て、相手の立場になって考えられるようにするために、 親は 子供に教えていくのです。


自分勝手な人間でいさせては、子供がかわいそうです。


相手のことを常に気にかけることができる人に育てていくのが 親の務めです。



この世界は 自分と自分以外の人がいて 成り立っている世界です。


常に 人を気にかける人でありたいものです。



それが 奉仕の心です。


目の前にいる人をまたいで、ボランティアに出掛けるのが 奉仕ではありません。


それは、にわか奉仕です。


本当の奉仕というのは

目の前にいる人を大切にして 周りの人にも気を配れることをいうのです。



お祈りでもそうです。



お祈りします、お祈りしますと 告知しなくても、自分ひとりで世界平和を祈っていればいいのです。


わざわざ やらなければいけないことはありません。

いつも どこにいても するだけのことです。



それが 感謝して生きるということです。

もうひとつ書かせていただきます。



最近の子供は 意識が高い子供が多いです。


子供が元気がいいのは、よいのです。


親として、喜ばしいですね。


でも、生意気な子供に育てることは その子にとってよくありません。


出る杭は打たれるのです。


親がしつけて直さないと、外で打ちのめされるのです。


生意気な物言いをして、泣くのは子供です。


それで、親として平気ですか?


自分の子供が目上の者に対して、生意気な物言いをして 喜んでいる親の気がしれないです。


子供の行いは、親の姿です。




子供は親の育てたようにしか育たないのです。



子供が大切ならば、きちんと育てましょうよ。

最近の子供は 意識が高い子供が多いです。

そのため、親が学ばされることもたくさんあります。


それは、それで素晴らしいことだと思うのですが


子供が目上の者に対して 自分の主張をするのを誇らしくみている親がいます。



正直、アホか???



親なら いくら正しいと言われる主張でも
子供が目上の者に言ったなら 諌めるのが 普通ではないでしょうか?



自分の子供が 教師に向かって、正しいと思われる主張をするなんて。。。
親として、恥ずかしくないのでしょうか?



家庭内のしつけにおいて
目上の者を敬うこと と教えないのでしょうか?




そういう親がいるから、子供が増長するのです。



成ってない大人でも 子供からしたら 目上の者として 敬うことを教えたなら その大人は 気付きがあるでしょう。。。

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