この世界にあるすべてのものは感謝するために存在するbyままのまま

わたしは、地球にグラインドしています。 わたしの意識は地球に同調しています。 わたしの想いは地球の想いです。 わたしの叫びは地球の叫びです。 わたしの言葉は地球からのメッセージです。 少しでも、みなさんに 地球の想いを感じていただけたら幸いです。

カテゴリ: 子育て


悪という概念がない人がいます。 


悲しみを持たない人たちに共通しますが悪がないから悪がわからない。結果、人の悪に基づく気持ちがわからない。 


負の感情がわからないからバカ者扱いされます。 

最近、生まれてきている子供にある傾向だと言われています。 


一方、親にはほぼ悪の概念がある方が多いので子育てに苦労されますね。 

子供の何気ない言葉に苛立つことが少なくないと言えるでしょう。 




この世に生まれて悪という概念の理解がないことは、わたしはあまり善くないと感じています。 


それは愛と呼べないからです。 



愛は善も悪も内包しているものだと考えているからです。 



だから 解っている大人が教えるべきだと考えています。 



自分はその概念がないかもしれないけれど 世の中には自分と違う悪という概念を持ってる人がいるということを。 


恐怖を植え付けるのではなく、
この世界には自分とは違う人がいることや傷付けられることもあるかもしれないから、その守り方を教えるのです。 


最近の子供たちは、
悪という概念を理解して愛となるために、生まれてきているのではないでしょうか? 


わたしはそう感じています。




最近 週に一度は、姪の子供のお守りをしています。 


お守りというより、ただ 遊んでるだけですが😁 



昨日、彼はハナタレしていました。 

そこで、ハナタレに効くおまじないをしたら、コロっと治りました。 


これ、実はおまじないでもなんでもないのです。 


ただ、無心に何かに打ち込むことでハナタレは止まるからです。 




人は無心に何かに打ち込むと、体に力が貯まります。 
それがハナタレを治したり浄化を促進するのです。 


花粉症などで鼻の奥や頭がボーッとすると集中力がなくなりますね。 



無心に何かに打ち込むことがハナタレを治したり体を治します。 



無心になり何かに打ち込む(集中する)ことは、そのような効果があるのです。 



わたしはどこでも無心に集中することを常としてるので 子供と居てもそれは変わらず、子供のとの遊びに集中します。 



一緒にジャングルジムに上ったりかけっこおいかけっこしたりお絵描きに夢中になったり様々な遊びを編み出しています。 

わたしはゲームはしないですが無心になり集中力を高める意味でのゲームは良いかと思います。 


そのためには ダラダラとするのではなく 時間を決めて行ってくださいね。 



子育てするお母さんお父さんにお願いです。 


自身も無心に何かに打ち込むことをすれば子供も集中力をつけることが出来ます。 

子供と一緒に無心になり何かに打ち込んでみてください。 


また 無心になり何かに打ち込むことは体に力を貯めることになるので 冷え症や健康のためにも良いのです。 


親の意識や心掛けで子育てに良い効果が得られます。 



しかし、やってもいないうちから先々のことを考えて効果を期待するのは、続かない人のすることです。 


何かを期待する時点で無心さがなくなるからです。 


何かに打ち込むことは無心になるから出来ることだからです。



ただ、集中することと無心になり何かに打ち込むことは違うのです。 



親なら子供を賢い子供に育てたいと思うかもしれない。 



賢い子供に育てたいならば まずは親がブレない自分であることで、余裕を持って子供の疑問に答えられる環境を持続できるよう努力することである。 


どんな幼稚園、小学校にいれることを考える前にです。



また、将来、何にさせたいかが決まっているなら、そうなるべく計画するのは必須かと。 



何にさせたいという目的と今の現状が結び付くような道筋をつくることも必要かと。 




道筋をつくる、計画することは、大切に思います。 



わたしに何かを相談される場合、スピリチュアル的に観てほしいと思われるかもしれないが わたしは元々が現実主義なので 計画性を持つことを主に話しさせていただきます。 


誰から学ぶ、ことは重要です。 


理想ばかり語っていても実績が伴わない人に大切な子供は託せない。 


この人なら、と思える人を選ぶことは重要です。 


賭けをするようには子供は託せないと思うのです。 


わたしは娘の子育てや指導方法など悩んできました。 


その度に、立ち止まり、辺りを見渡し、信頼できる人を見つけ、人間関係を築き託してきました。 




今と昔は違うと言われても、真摯に人に向き合えば、必ず現れるものです。 

出来ないと思われれば出来ないし出来ると思えば出来るものです。 



この人!と決めたなら迷わないことですね。


決めないと信頼もされないですから。 



自分(親)の心次第です。 


それが親としての決断ではないでしょうか? 




子供の自由意思を尊重するのも親の決断ですし子供の未来を導くのも親の決断次第です。 




この地球に住む人間としてまた この社会で生活する人間として必要なことを学ぶことが現代に生きる人々にとって必要だとわたしは考えます。 



だから まず、親が家族という小さな社会の中での生活の仕方を教えます。 

家族という単位での役割分担をして、立場の上の者を敬い下の者を慈しむことを元に日常生活の送り方、食事の仕方など 上の者が模範となって教えます。 

 

家族という小さな社会で社会の仕組みを学んだら外の社会に出るのです。 





最近では、学校に行きたくない、行かせないことを見聞きしますが、学校は躾の場ではなく教育の場です。 


昔から読み書きソロバンは必須であったはずです。 


小中高と順に進んで、最終的には社会に出ていくのですが、社会に出た時に人様の迷惑をかけない程度の生活ルールや知識、また労働方法、お金の使い方を学ぶことは必要だとわたしは考えます。 



そのため、学校教育が必要だと感じるなら通わせる選択をすべきでしょう。



しかし 保護者がそう思わないなら、やめればいい。 





学校に行かせる行かせないという選択を迷われてる保護者が多いと思いますが、上に書いたような社会人として育てるためにはまずは、今、何を選択するべきかを考えれば良いと思います。 



そして、子供は親の所有物ではなくて社会からの預かりものだという意識は必要だと思います。 






その意識がないから、子育てに迷うのではないでしょうか? 




保護者の描いた子供の未来に子供を当てはめることもなくなるように感じます。 




娘はわたしの作品として社会に出しています。


そして 彼女の生きたいように生きることができるため わたしは手助けをしたり助言はしています。 





自分がいなかったら生きていけないようにしてしまうことは、避けるべきなのです。 







わたしが学校教育について意見を言わないのは、子供を所有物として見ている保護者や指導者が多くて何を言ってるか意味がわからなかったのですが、最近になって理解できたので書いてます。 





親が自分探ししながらフワフワして子育てしてると子供もそれに右習えする。 


小さいうちはそれでも良いかもしれないが、物心ついて、外の世界を見るようになると、親に違和感を持つようになります。 


親が何かを受け入れていなくても子育てには関係ないことで、親が受け入れられないことを子供にも強要することではないのです。 


子供は違和感を持ってもそんな親を受け入れようとするものです。


純粋な想いで受け入れようとするものです。 





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わたしが自分探し真っ最中の時期、娘の受験期でした。 

親としての選択を間違える寸でで姉に助けられました。 


いろいろありますが、感謝しかないです。 





新学期に学校に行きたくないって家の中が快適だからじゃないか? 


家と学校を比べるからでしょ 


学びと遊びを比べるからでしょ 






比べる必要ないものを比べることって意味あるのか? 



比べる必要ないものを比べる選択を許してるっておかしくないか? 



家で学校以上に学ぶことができると確信できるなら行かない選択もあってもいい。 




学校は学ぶ場所だ。 

娯楽場所じゃない。 




学ぼうとする強い意思があればどこだって学べる。 

強い意思を持っていれば、どんな人生も生きていける。 




胎内記憶のある子供が産まれてきている昨今ですが、胎内記憶よりも優るものがあります。


それは、母親が子供をお腹に授かっている時の体感です。



子供がどれだけ胎内記憶があるのか知りませんが、母親は子供が形を成さない頃には、つわりがあります。


それって 子供がまだ、自分という意識がない時です。


母親はその頃から、お腹の子供を意識して生きているのです。


身ふたつの意識です。



いくら子供が胎内記憶があったとしても親の記憶に優るものはないと思います。



お腹に宿した瞬間、つまり授精した瞬間の記憶がわたしにはあります。


その瞬間から、出産するまでわたしは母親意識が生まれ、ふたつの意識で生きているのです。


母親って授かった瞬間から母親だよ。



身ふたつになってから、反抗期でババアと言われても、その子の意識のない時には、その子を意識して生きていたんだと言い返してください。


自信を持ってください。

母親はいつまでも母親です。


自分の母親でも同じことです。


あなたの知らない記憶があるのは生んでくれた母親です。



唯一、あなたがこの世に生を受けた時の記憶を持つのは、あなたの母親なのです。

アマゾンでレビューを書かせていただいたことがあります。


必要な方に届きますように。


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いのちのやくそくを読んで

自分のたましいに興味を持つこと

って大切だなあ と感じました。

自分は何故、生まれてきたんだろう

自分の子供は 何故、自分の元に生まれてきたんだろう

そう考えてみることで、
今までとは 違った視点で人生を歩むことができます。

わたしがそうでした。

また、わたしは 人生を歩む中で いつも根底にそれがありました。

それがわからなくて苦しみました。

自分の生まれてきた意味は人から知らされても実感できないものです。

だからこそ、実感していただきたいなあ と思います。

瞑想をして、自分の静けさの中に身を鎮めると
たましいと会話をすることができるようになります。

それは、もうひとりのわたしです。

インナーチャイルドとも違います。

自分のたましいの想いを知ると、生まれてきた意味を知り
今、やらなければいけないことがわかりますし
やってはいけないこともわかるようになります。

すると うまく人生を歩むことができるようになります。

わたしたちは 今、ここで生きています。

人生を歩むためには指針があるとよいのです。IMG_3689


それが たましいの声だと感じて生きています。

この本は 人生を歩むための指針を知るために必要だと感じました。

ぜひ、お手に取って読んでみてください。

そして 直接、池川先生のお心にふれ、上田先生の微細な波動を感じてみてください。

感じることで 自分を知る旅へといざなってくれるでしょう。。。


自分を軽んじていると人からも軽く見られます。 

他人や身内から、自分の子供からもです。 



そうされたいなら、別ですが。 


嫌ならやめることです。


そして 自分を見限らないこと。 


どうせ、自分にはできない とか ダメだ とか 自分はバカだ と言わないこと。 



悲しみますよ。 


自分自身が悲しみます。 




子育てをするときには、そう教えて育ててください。 



子供は親の背中を見て育つものです。 





いろいろと人に関わらせていただいていて思うのですが、親との関係が良好であるかないかよりもしつけが厳しかった人の方が成長は早いと感じます。 


三つ子の魂百まで と言うのはわかります。 


親のしつけが厳しかろうがゆるかろうが きちんとしつけされた人の方が世間的な常識を身体でわかっているため進みが早いです。 



例えば、『人に迷惑をかけてはいけません』としつけられた人は、それを身体でわかっているため 忘れていたとしても思い出すのです。 


しかし 何も言われなく育てられた人は、思い出すものがなく 何故、人に迷惑をかけてはいけないのかがわからないものです。 


わからない人には、教えなければいけません。 


地球に住むには、人間としてのルールは必要なのです。 




親が、そのまた親からしつけられたことを子供に教えていかないと、何も知らない子供が出来上がります。 


何故教えないかといったら、厳しかったから だと思います。 

自分がされて嫌だったことは子供にはしないように育てたためですね。 


このように、人として生きていくためのルールの連鎖が断ち切られているのが現代なのかと思います。 





わからない人には教えられない。 

頭が固くなってからは教えられない。 

間違ったことを教えられている場合には いったんそれを抜いて、新たに正しい考えを入れていかなきゃいけないので 非常に骨が折れます。 



しつけって大切です。 





今の中年の方々を見ていると、マナーの悪い方が目立ちます。 


だから、子供も同じですね。 




人間関係がうまく築けない人は、どこのセミナーに通っても 根本的なしつけがされていないから、うまく立て直しができないものです。 



自分にそのような傾向がある方は、親のしつけを考えてみてください。 




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