この世界にあるすべてのものは感謝するために存在する

わたしは、地球にグラインドしています。 わたしの意識は地球に同調しています。 わたしの想いは地球の想いです。 わたしの叫びは地球の叫びです。 わたしの言葉は地球からのメッセージです。 少しでも、みなさんに 地球の想いを感じていただけたら幸いです。

カテゴリ: 宇宙の法則

わたしは、自分はこうやって生きてるんだ!って実感しているだけで、自慢したいわけでもないのです。


だけど 人によっては、自慢しているようにとられる人もいます。


わたしは 自分を知りたい、今の自分を知って生きたいだけなんです。


生まれてきて、どんな課題を持って生きていくかは、皆それぞれ違うものです。


だから、誰もが自分を知って自分を認めて生きていればよいのだと思うのです。


だけど 人は、自分を知らずに突っ走って無茶したり、自分を知らずに立ち止まったりしている。


それを見ていると、自分を知るだけなのに〜ってお節介根性が顔を出してしまい、記事にしてしまうわたしがいます。


わたしもまだまだ、なんです。



どんな自分も認めるって、まずは自分を知らなきゃ始まらない。


自分のことを知らない人はたくさんいますね。




わたしは、いつも携帯を握って ポチポチ、打っています。


内神様の言葉が降りてくるときもあるけど
自分がわからなくなると、自分の状況を文字にして、自分を知ります。


それをして、やっと動けるのです。


だから わたしはスタートが遅いのです。



まずは、自分を知ることです。


自分を知れば何も怖くないよ。


知らないから、怖くて動けないのかもね。



自分のその状況や目の前に起きている現実は、今の自分を知る手がかりになるのです。

だから、生きていく上で自分を見つめることが大切なのです。



また、毎日、日記をつけることによってわかっていくものですね。




毎日、真剣に生きているからこそ、人のことが気になります。


一緒に歩んでいきたいから。


誰一人、はぐれることはわたしは嫌なのです。


宇宙の自由意思と言っても、わたしは自分が掴んだ手を離さないです。


ど根性で離さない主義なの。


だから、しつこい!



しつこくてナンボのままのままです。

今まで精神世界に導かれて、ある目的に向かって歩みを進めてきました。

その目的はもうあと少しで手が届く距離にあります。


だけど 何故か、今 気付いたのですが
目的に辿り着くのは『今じゃない』のです。



そこに向かうために引っ張られてきたのですが だけど、今じゃないのです。



よく上から言われる言葉が 『あなたの歩みで進めてください』なのです。

その意味がやっとわかりました。


魂の目的はそこに辿り着くことだけど、今じゃなくていいんだよ、と言われていたのです。


わたしは脇目もふらず、一心に進んできましたが もう少し、遊びがあっても良いみたいです。


反省をするから、だと思います。

また、遊んでも 遊びすぎて戻れなくなることはないから、だと思います。

毎日のメンテナンスさえきちんとしていれば、あとは自由です。



だから わたしは今まで、神様に遣われたり、人に尽くしたりしてきたのでしょうね。


神様に遣われたり人に尽くしたりすることは本来の目的ではないですが、それをしても目的から外れることはないから。



宇宙においての自由意思とは、信頼されているから自由を認められているのですね。


自由にさ迷っても、ちゃんと本来の道に戻るという信頼の元にあるのですね。


自由意思って素敵です。

信頼されているから、少し地球を楽しみます♪


軌道修正できる自分ってなかなかだわ〜^^

この世界の大抵の人は 一日に一度ぐらいは ごほうびがいただけるようになっています。


しかし そのごほうびをごほうびと受け取らなかったら、感謝はできません。


当たり前にしていたら感謝できません。



毎日を意識して生きていたら、身の回りの変化に敏感になるはずです。


そこで 感動を覚え、感謝できるのです。



でも 意識して生きていなかったら 神様からのごほうびを素通りしたり、気付かなかったり、当たり前にすることになるのです。



それって 人として情けないことだと思いませんか?




神様は 誰にも平等に愛を降り注いでくださるものです。


それを気付かないなんて、神様に申し訳ないと思いませんか?



誰にも平等に愛を降り注いでくださるのです。



風を使い、花々の薫りを使い、人を使い、神様はごほうびをくださるのです。

この地球に生きていてくれてありがとうと、神様はごほうびをいつも与えてくださっているのです。



人は与えられることに無関心で、人に与えることをしたがる。



与えられることに感謝が出来ない人が与えられる人になれるわけがないのです。



自身の分をわきまえなさい。



神様から与えられることを意識して生きてください。


人の役に立ちたいとか認められたいとか、感謝できる人になってからです。



与えられることに無関心でいないでください。




神様は平等に愛を降り注いでくださるものです。

信じていてくれる。。。という確信があることが 中心で居ることだと思います。

宇宙の自由意思も信じていてくれるという確信の元にあるものです。

信じていてくれる確信

愛されているという確信

この確信が、人を強くする。

自分の想いや願いを強くするのです。

この確信を持ってください。

それが ブレない自分をつくる方法です。

最近のわたしは 『責任感』というワードをよく出しますが この『責任感』というものは、創造主と交わした魂の誓願と直結しています。



人が『責任感』を求められる時は、その出来事が魂の誓願と関係している時です。


しかし、その責任感から逃げるという行為は 創造主に誓った契りから逃げることと同じことなのです。


だから、逃げる行為は 自分にとっても自分の故郷の星にとってもこの地球にとっても マイナスに働くことになるのです。



しかし 宇宙の法則という 魂の自由意思という法則があります。


魂の行いによってプラスに働こうがマイナスに働こうが 宇宙は介入しないです。


魂が逃げようが取り組もうが宇宙は介入できないのです。


だから、魂の未来は 魂の自由意思によって選択可能です。



これは 魂の契りを交わした創造主がその魂を信頼しているからある法則なのです。



宇宙は創造主との信頼の元にあるのです。



わたしたちはすべて創造主との信頼関係があるから この地球に生まれてきているのですよ。。。



知っていましたか?

宇宙の伝える自由意思の意味とは?


宇宙の法則

放ったものは返ってくる。

その意識で放ったものは、同等のエネルギーで返ってくる。


その人間の意識次第で返ってくるものが違うのです。


それを 宇宙的には、何も言わずに ただ、見守ってくれるのです。


魂的には、見守るというよりも ペッタリくっついて寄り添ってくれているのです。


放った意識が低いほど、低いエネルギーが返ってきます。


人間的には、心にダメージを受けます。


そんな時でも魂は、何も言わずに 寄り添ってくれています。


立ち直るまで、ずっと待っていてくれます。


それが人間と魂の関係です。


どんなに傷付いても、常に寄り添い、離れていかない魂です。


魂には尊厳というものがあります。


宇宙の自由意思とは、魂の尊厳性、謙虚さで成り立っているのです。


結局 魂には尊厳性があるから 自由意思が許されているのです。



あちこちブレたとしても 自身で戻るという信頼の元に 自由意思を許されているのです。


わたしたちは、正義感というものを持っています。

自分の家族や仕事仲間や友達が間違っていることをしていると知った時に あなたならどうしますか?

最近では、告発をしたり、内情を暴露する人が増えていますね。

自分でどうにかできないから
自分たちが秘密にしてきたことを、世間にばらして 公にします。

病院内部のことや家族間のことなど。。。

古い話しでは、
若貴兄弟(相撲)のことや 最近では、佐村河内氏のことが挙げられます。

兄弟間のことをわざわざ、世間に暴露する。

仲間としてやってきたことを 自分だけいい子になって 世間に暴露する。

された方はたまったもんじゃありません。

暴露された挙げ句、信頼していた人に裏切られるのですから。。。

正義感のある方は、正義を盾にして、人を裏切る行為をしてよいものなのでしょうか?

間違った考えを持った人は、
この世の正義に背いているのだから 裏切られて当然なのでしょうか?

世間にさらされて当然なのでしょうか?

今の風潮は、そうですね。。。

その問題が持ち上がるということは

自分たちだけで解決しなさい

ということです。

当事者間での話し合いなり、解決策を練るために起こっていることなのです。

元々、この世の利にかなわないことは
宇宙の法則により、沙汰されるのです。

自分で相手を罰しなくても、沙汰されるのです。

その前に、自分でその問題に真摯に向き合い、仲間内で収めるようにすることを求められているのです。

それをする勇気がないから、世間を味方につけようとするやり方は、フェアではありません。

自分はいいことをしたと思うかも知れませんが、宇宙はそうは、思いません。

その方にも 宇宙の法則が働きます。

よく、やったとは 言われないのです。

内々のことは、内々で解決することです。

また、自分の恥部を出した自叙伝などは、魂的に最も、罪になります。

自分の恥部をわざわざ、世間に知らしめることはないのです。

『自分は〇〇〇だったけど、脱却して 今は☆☆になりました』

ということは、自分さえ知っていればいいことです。

自分の恥部をさらして、それでお金を得たとしても そのお金は、自分のためにならないのです。。。

人間はプライドを捨ててはいけないと思います。

自分を尊敬、尊重するならば 人にわざわざ 言うことではありません。

それは 自分を大切にしない行為なのです。。。

自分を認める行為は、

人に自分の恥部をさらす行為ではないのです。

自分を大切にする、愛する、可愛がる

ということは

相手を扱き下ろして、自分だけいい子になることではなく

相手の立場を思いやり、また 自分の心を思いやり 歩み寄ることです。

その努力をしていくと、宇宙がうまく采配してくれるものです。

自分勝手に、人を裁かない。

人は、人を裁けないのです。。。



人を裁きたくなったら、



自分を見つめることです。


この世界はすべて、己れの心が映す鏡なのです。


すべては完璧だとか魂的にはうまくいっているとか言うけれど
わたしは、そうは思わないのよ。

どんな体験もやりたかったんだ!

で、済まされることはないのです。

前に進もう!としているのに、道を踏み外してしまった。。。

って 道を踏み外してしまったことは、やるつもりはなかったのです。

だって、それがやりたかったのなら、宇宙の法則が動いて カルマの法則は起こらないのだから。。。

みんなみんな、前に進みたくて生まれてきているんです。

後退りするつもりなんてサラサラないだろうし、
足踏みもしたくないのです。

だけど この宇宙、地球で生きている限りは 宇宙の法則、カルマの法則が動きます。

だからね

やらないほうがいいこと、やるべきことは、あるんです。

そこを間違えないように。

例えば 自分が破産宣告を受けたり、借金を抱えてしまったとする。

一人では、起こらないことなのです。

誰か、相手がいるんです。

相手を悲しませてしまった、損害を与えてしまった、 また 相手を死に追いやってしまった。。。って それでも それがやりたかったんだ、すべては完璧だと 言えるのでしょうか?

相手の心に傷が残ります。

そんな相手に 『すべては完璧だ』と 言えるのでしょうか?

みんな、繋がって 生きているんです。

完璧であるはずがない。。。

そんなあなたでいいんだよと 言われたいですか?

人に損害を与えるあなたでいいんだよと言われたいのでしょうか?

『そのままでいいんだよ』

という意味は

自分の未熟さを自覚しなさいという意味です。

スピリチュアルを利用して、 違った概念を植え付ける人が多いのは、困ります。

少し 考えれば わかることです。



すべては、完璧だ と言えるのは 遥か彼方にいらっしゃる創造主みたいにお徳を積まれた方でしょう。。。


もっとも そのような方は、何も言われません。


この世のことがわかればわかるほど 人は、頭を垂れるのです。



宇宙の法則として

段階を踏む

というのがあります。



赤ちゃんには、赤ちゃんとしてやること。

幼児には幼児としてやること。

小学生には小学生としてやること。

中学生には中学生としてやること。

高校生には高校生としてやること。

大学生には大学生としてやること。

社会人には社会人としてやること。

結婚して、夫 妻になったなら その立場でやるべきことをやる。




これが 基本です。



しかし

赤ちゃんのうちにしっかり親から甘えられないと、
どこかでやり直しされます。



また、大学生で学業を疎かにして バイトばかりしていると
社会人になって 勉強をすることになります。


高校生なのに、男女交際において 大人の付き合いをしてしまうと
成長した大人になって、高校生の付き合いをしていないから それを求めてしまいます。

それが 不倫めいたものに発展していきます。




子育てにおいて
ちゃんと 段階を踏むことを教えていくことは大切です。



学生のうちは、学業に精を出す。


バイトは社会勉強だと言われる方もいらっしゃいますが 本末転倒です。


学業優先してから言うことです。

間違ったスピリチュアル観を持っていらっしゃる方がいます。

なまじっか 精神性が高いため 自分を振り返ることができないようです。

スピリチュアルの原点は

『思いやり』

です。

それは すなわち、他者への愛、自分への愛です。

自分を愛するために相手を許すのです。

自分を愛するために相手を認めるのです。

すべては

自分を認めることから始まります。

自分を認めるために、他者に思いやりを持って接するのです。

自分をよそに追いやるために、他者に思いやりを示すのではありません。

『まずは自分』という意味はそういうことです。

そして

この人間社会は 認め合うことを学びます。

でも
『認め合わなければいけない』

というのは、思い込みです。

正しくは

『認め合いましょう』

です。

何が違うかというと

自分の意思で 寄り添うのです。

強迫観念ではありません。

精神性の高い人は

自分を『〜しなければいけない』という 強迫観念を刷り込みがちです。

『〜しなければいけない』ことは

盗んではいけない。

妬んではいけない。

殺してはいけない。

これぐらいですね。。。

また、精神性の高い人は

相手を攻撃するということはしない性質のため 代わりに、自分を攻撃する、自分を責める傾向もあります。

自分を責める行為は 自分を愛していない行為です。

まずは

自分を愛しましょう。

そして、

思い込みを外しましょう。

自分を愛するためには 鏡のワークが効果的です。
または、自分を撫でまくるのも手です^^





わたしとあなたの違いは、


自分を愛する度数です。





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