この世界にあるすべてのものは感謝するために存在するbyままのまま

わたしは、地球にグラインドしています。 わたしの意識は地球に同調しています。 わたしの想いは地球の想いです。 わたしの叫びは地球の叫びです。 わたしの言葉は地球からのメッセージです。 少しでも、みなさんに 地球の想いを感じていただけたら幸いです。

カテゴリ: 人生

恐怖心 
裁く人というのは、人に恐怖心を植え付けるのが得意なようだ。 


裁かれる恐怖というものがある。 



その恐怖はいったいどこから来ているのだろうか。 



それは、人の内にある自信のなさが生み出しているのです。 


何故、自信がないかといったら 人生で100%の自分の力を発揮して生きていないからなのです。 


それは、今の自分にOKを出していないから。 


何故、自分の人生にOKが出せないかといったら 細部に辺り、曖昧で優柔不断で開けたら閉めるという作業や閉めたかどうかの確認作業や検証することを怠っているからなのです。 

最善を尽くしていないのです。


自分が感じる不安を100%払拭していないことも考えられます。 


自分が自分の行動に100%、OKを出せるまで 取り組んでいないからなのです。 


そのためには、計画性や人の意見を聞く耳を持つことが必要で、他者を信じたり頼ることも必要なのです。 



自分に自信を持つということは、ひとつの物事を完成させることでもあるのです。 


ひとつの物事を完成させるためには、自分だけの意見に固執していては到底、つくりあげることができないものです。 


だから、周りの意見を聞き、良いと思ったことはすぐに行動して、今までの言動を改め前を進みながら、最善を尽くしていくのです。 


自分が最善を尽くした結果が自信に繋がるのです。 


根拠のないものではないのです。 


根拠があるから、胸を張れるのかもしれません。 




わたしでも やはり、最善を尽くしていない時は、モヤモヤとした気持ちになります。 

何かが足りないと感じると、それを探すのに躍起になり、他のことは手につかなくなります。 

それがわかり、対処して、事なきを得ると安心に包まれます。 


これで、間違いない!と確信できるものなのです。 

その繰り返しです。


だから、モヤモヤとする気持ちは 何かを見落としていますよ、というサインだから、悪いものではないのですよ。   



見落としていることをわかっていながらも改善しないというのは、自分を信じ過ぎてることでもありますね。 


他者の意見を聞き入れられないのですから。 


自分の固執した考えだけで生きてきた人は、それを曲げられないのかもしれません。 


それは、置いておいて まずは、


自信を持つということは、最善を尽くす結果で得られるのだと言うことです。 


そして それが恐怖心を越えものになるのです。 



人は必ず死ぬと誰が決めたのだろうか? 


それは、何か刷り込みのように思える。 


なぜなら、わたしは 今までの人生の中で 自分の心を見つめ感情の手放しで 自分の内に蔓延る病や老化の元となるものを浄化してきたからだ。 


そして それは、未だ継続している。 


まだまだ 継続していくつもりだ。 


肉体を終わらせないためにすべきことを中心にした生活に勤めている。 


それがわたしの行であり仕事だ。 




その体験の結果、自分の内側と繋がり、神様に使われる身となった。 


また 名前を見るだけでエネルギーを読むこともできる。 


そして 指先ひとつや目の動きでエネルギーを動かすことができ、空気中に浮いてる黒い邪悪に見えるものを握り潰すこともできるようになった。




すべて この行の賜物である。 




これは わたしに限ったことではないように思う。 

だから、伝えていきたいと思う。 




何事も成せば成る。 


成せば、成るしかないのだ。 






想いを共有できる幸せ。 
自分の気持ちをわかってもらえて共有できることが嬉しい。 

魂が震える。 




それを越えると、自分の魂、本来の役割が見えてくるものです。


魂はワンネスですが それぞれの役割の違いがわかってきます。 


違いがあるから認めあえるようになってきます。 


それを経て、自分自身と繋がるように促されていくようです。 



最終的には、自分自身に繋がるのです。 





かに座上弦の月を越えて、今までやってきた基礎的なことを試されるようなことが起きる予感がします。 


今までやってきた基礎が理解できていれば容易いはずです。 


だから わたしが教える段階ではないのかもしれませんが 崖っぷちにいてわからない人には個別で答えを教えています。 


本当は、落ちないとわからないものです。 

落ちてみるのも楽しいです。 

でも それは、自分の選択によるものです。 


いくら わたしが答えを教えたところで そう選択するとは限らない。 


落ちてみたい♪ワクワクする♪と思うなら、落ちてみるのもひとつです。



そんなこれからの季節です。 



今までを振り返って自分の足で地を踏みしめて歩んでください。





人間、持ちつ持たれつだと思うんだ。 


何か辛いことがあって 助けられたり癒されたら 次はお返ししたいと思うものだとわたしは思うんだ。 


それを 癒されっぱなしでいたら 相手は逃げていく。 


いくら誰かを癒したり助けたりしていても、誰でもいいときが続くとは限らなくて、辛いことが起きて泣きたくて慰めてもらいたくなるときもある。 


そんな時には、今まで自分が助けてあげたり癒してあげたりしていた人に甘えてしまうかもしれない。 


そんな時に、突っぱねられたら、今まで助けてあげたり癒してあげたりしたことが無駄に感じることがあるんだよ。 


そんなことで人間関係が壊れてしまうことがある。 


人として、助けられっぱなし、癒されっぱなしは良くない。 


助けられたら、力はなくても意識は向けてあげなくちゃいけないと思うんだ。 



人を助けたことのない人は、そんな人のキビを知らない。 


助けられて嬉しい、癒される、ってだけなら誰でもできる。




人から嫌われたり人間関係がうまくできない人というのは、こんな人間関係の持ちつ持たれつがわからない人が多い。 



人と関わると煩わしいと感じる人は、人のSOSのサインがわからない人だ。 

サインがわかるようになるのは、日々の経験であって 誰もが一足飛びにできることではないことを知ってほしい。 


人生経験が乏しい人は、そうやって 鍛えられていくものだなあ と感じる。 




助けてもらうばかりで助けたことのない人は、人の気持ちがわからないものだ。


そこから逃げるな、と言いたい。 





人それぞれの役目は違うもので そのままの自分でできることなら、すぐにでも自分の役目は見つかるけど、それなりの人材になっていないとできないことなら、そうなるための人生経験が必要なんだ。 


前世体験があまりなく、人生経験が乏しい人は 往々にして、まずは体験させられる。 


その体験を集約した自分ができることが自分のお役目となる。 




今まで誰かに全面的に頼って生きてきた人は、他の人とも仲良くできるように 今まで頼ってきた人から離されることが起きているようです。 


わたしの周りでもあります。 


誰かに頼るのは力強いし安心ですが自分が成長できなくなる恐れがあります。 


人は安心すると、外に羽ばたきたいと考えますが、安心先に執着していると外側に自分を傷つける人を作り出します。 

そうすることで、この人しかいない!と思わせるためです。 


でもね、考えてみてください。


執着を外したところで、一生離れてしまうわけではないのです。 


執着を外しても関係というのは変わらないもので、いつも安心して頼れる存在なのですよ。 


だから、恐れることなく、執着を手放して 誰とでも仲良くできる自分になってください。 

人は優しいよ^^



この人じゃなきゃダメではない。 

この人でもいい。 

ということで、わたしはしばらく おヒマを出されました^ ^










自分の生きている世界において辛いことがあり心が傷付くことがある。 


そうすると、人から自分は傷つけられたと感じて人が怖く感じてしまうようです。  


そんな時に、優しい言葉をかけられて この人なら信じられる。。。と感じて、依存を引き起こすことがあるようです。 



この人じゃなきゃダメなんだ。 
この人だから変われたんだ。 



と思いがちですが、 

それは、違います。 




誰もが、人は優しいのです。



人を優しく感じられないのは、ただ あなたの思い込みで起こってることなのです。 



本当は、誰もが優しいのです。  



心の中の思い込みを外しましょう。 



ひとりの人を握りしめてる世界から、誰もが優しい世界に足を踏み入れていきましょう。 




ブレない人になりたいと言われるけど、ブレない心なんてそうそう作れるものじゃない。  


ブレないように見えてブレている人はたくさんいるし、心を閉ざしている人はブレないように見えるもので、真にブレていない人を探すのは難しいもの。 


だけど 人は隣の芝生を羨ましがる。 


羨ましく感じるのは真実が見えていない証拠。 


だから、隣の芝生を見る必要はなくて 自分のことさえ見えていればいい。 

自分のことを知るために目の前に人が現れてくれる。 



目の前に現れてくれる人や現象はそうやって活用するんだよ♪ 



遠くを見る必要はない。 

目の前のことを見てくださいね。 





台風21号や北海道地震で被災された方々はとても多いです。 

被災された方もそうでない方も目の前に何らかの現象が起きています。 

今は全体を見る時ではなく自分を見る時です。 



自分を見てください。 

自分を知ってください。 

自分を知るための情報を得ることは前進する勇気をくれる。 
だけど そうでない情報は自分を後退させる。 



厳しいことを書いてるけど これが人から信頼されるための基本です。 


ダラダラおしゃべりできる人よりも口数は少なくても重要なことをわかっていて話す人のほうが信頼されます。 


お金持ちになりたい、豊かな心を持ちたいと思うなら実践すべきことです。 


豊かな人はこれを実践していますし、心の中はこう思っているものです。 

言わないだけで。 




言われなきゃわからないではなくて、気づかなきゃ。 


わたしたちは人と接することで成長していけるのだから、人から学ぼうと言う姿勢は必要です。 



豊かになればなった分、責任を負うのは当たり前。 


富が増えるのだから。 


ないときはわからない。 

あることの責任です。 


権利もあるけれど義務もある。 


権利と義務はセットです。 



ないと思っている時は権利を主張するけれど いざ権利を得たら義務はいらないという。 


そんな発想だから、豊かになれない。 


権利を主張したら義務があるのは当たり前。 



豊かになればなるほど 義務感が生まれます。 


義務感がないのは、受け取る器ができていないということだから、入っても出ていきます。  


自分の器を大きくするためには 自分の心の義務感を育てることです。 


豊かさがないと義務感は育たない。 




人が富を所有する理由は、人としての義務感を育てる目的だと思います。


そうやって 人は成長をするのです。 





今、わたしたちは誰もが自制心を試されています。 


ワクワクすることをしよう 
無理しなくてもいいんだよ 
頑張らなくてもいいんだよ 


そう言って、人の成長を阻むエネルギーも見受けられます。 




しかし 第一には、まずは自分を満たすことなのです。 

自分が満たされてから他者への奉仕です。 



自分が満たされると、自ずと他者への感謝や想いがわきあがるものです。 


元々、愛されていたんだ 
元々、認められていたんだ 


と気づくと、嬉しくて感謝の気持ちが込み上げてくるものです。 

そうすると 他者にたいして奉仕がしたくなるものです。 


だけど それは、自分が満たされているという前提の元、奉仕を許されるのです。 


そこをわからない人が多いので わたしは、まずは自分を満たしてから という主義です。 


だから、自己浄化には余念がありません。 



魂は、存在しているだけで世のため人のために貢献していることを知っています。 

しかし 人間の頭ではそんな風には考えられないので摩擦が生じます。 



本来なら ひとりひとりが自分を満たすことをしていれば、地球は平和を保てるのです。 


しかし 自分で自分を満たすことを忘れてしまっている人のために、人が力を貸すことが奉仕なのです。 


自分が自分を満たすことを忘れてしまっている人はたいへん多いです。 


そのため 肉体を持って奉仕をすることを求められますね。 



人が成長するとは 自分が完全に満たされることを言います。 


この地球で完全に満たされることは、なかなか難しいものです。 


先に書いたように、成長を阻むエネルギーもいるからです。 



それでも わたしたちは、完全に満たされる道を歩んでいるものです。 



日々の継続がすべてです。 



まずは、自分 


自分を満たすことを頑張りましょう 


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