この世界にあるすべてのものは感謝するために存在するbyままのまま

わたしは、地球にグラインドしています。 わたしの意識は地球に同調しています。 わたしの想いは地球の想いです。 わたしの叫びは地球の叫びです。 わたしの言葉は地球からのメッセージです。 少しでも、みなさんに 地球の想いを感じていただけたら幸いです。

カテゴリ: 神様


これからは、土や微生物、植物からメッセージを受け取る時代になるようです。 




人や世界は人工的なもので変えられてしまいました。 


日本古来の考え方も歪められてしまい、受け継がれているものが少ない状態です。 


残されているものはDNAに刻まれています。 




目に見えるようには残されていないのです。 



だから 目に見えないものに意識を向けましょう。 


土や微生物、植物からメッセージを受け取りましょう。 


日本は神宿る国と言われています。


それは、日本国の土壌そのものにメッセージが刻まれている証拠です。 




神宿る国、日本。


資本主義社会は『お金』さえあれば豊かになれるという世界をつくりだした。 


しかし 心は豊かになれなかった。 


そのため それは間違いだと気づく人が増えた。 


しかし その気付いた人を虐殺しようと企む人が現れた。 



『お金こそすべて』『お金が王者のシンボル』と考えてる人種だ。 



そもそも 地球はその人種に地球を貸してあげてるに過ぎなくて、期限が過ぎたから返してもらうように動いてる。 

それは宇宙もわかってること。 



地球に任せておけば、その人種は滅びるのだ。 
しかし その人種はしぶとい。 


宇宙には宇宙連合という組織があり愛で成り立っている。 


愛だから彼らが気づくのを待ってる。気の長い話だ。 


コロナウイルスとやらもその人種が造り撒き散らした、殺人兵器だ。 


しかし 生粋の日本人というのは不思議で、どんな悪と呼ばれるものでもそこから学び、新しいものを生み出す力がある。 



困ったもんだ〜 



それが日本が神国と呼ばれる由縁だと思う。 





金には確かに価値はあるけれど 価値あるのは金だけではなくて、銀も銅も菌も茶もこの世界にあるすべてのものは価値がある。 



これは、思想でもなく宗教でもなく真実なんだ。 






節度、自制心ない方はいらっしゃいます。 


いくら自由な世の中だからと言え奔放過ぎる話を見聞きします。 


先日も書いたのですが、人にバレなくてもご先祖様は見ているもので、宇宙の法則が働くものです。 

御天道様は見ている 

因果応報 


わたしの幼少期はそう教えられたものですが、最近は聞かないです。 



そんなこと言われなくても自制心が備わっていれば良いだけですが。


自制心がないから自由で好きな生活をして楽しく暮らしてる人を見掛けます。 

一方で、自制心があるため、心が苦しく過ごしてる方もおられます。 


どちらが神様から引き立てられるかといったら苦しみながらも過ごしている方なのです。 


楽しく苦しみ感じていなくても、節操なく過ごしてるといずれ天罰が下るものですしバレるものですね。 



その時に気付くのでしょうが公にならないと気付けないのは、あまりに幼稚といえるのでないでしょうか? 


恥ずかしいという気持ちをなくすことで失うものがあるのです。 




先日、わたしの元に集まってきていると書きましたが、自然霊がわたしに言葉にならない叫びを届けにやってきています。 




ただ わたしは話しを聞いてるだけですが、とにかく一見、愚痴とも思えるような叫びを訴えられます。 



王さまの耳はロバの耳に出てくる穴のようなわたしです。 




どの存在のお話しも同じようなことを仰られます。 



古代からある自然を敬う心を大切にしなさい。 


古代、遥か2万年前からの祈り。 



お釈迦様がお生まれになられた遥か昔からの叡知を思い出してください。。。 


日本という国はもっと前から存在していて 仏教だ神道だと区別はありませんでした。 


ただただ、自然を愛し自然を敬い自然に教えられる。そんな世界が在ったのです。 



口にすることも畏れ多い存在に、ただただ守られている時代があったのです。 



しかし、今は
日本古来から受け継がれている伝統をなくすからおかしな世の中になっています。 



自分では、受け継いでいるつもりでも、偽りであることが多々あります。 


レッテルに騙されるのではなく、自分自身に確かめていかないと本当のことはわからないのです。


誰かから聞いたことが真実とは限らなくて、自分自身でないと自分自身の真実はわからないのです。 


知識をつけることも大切ですが自分の感覚を呼び覚ませば、真実が見えてきます。 


そして 自然の叡知に繋がることができるのです。 





神様というのは、その存在を感じると、ひれ伏してしまうものです。 


畏れ多くて、顔など到底、上げられません。 


そんな存在からお言葉を頂戴したら、有り難くて涙が止まらなくなるものです。 



それがいわゆるリラックスというものです。 




しかし 皆さんは、逆に畏れ多い存在だからと緊張してしまいませんか?


畏れ多いは怖いではないですよ。 



ただただ、存在そのものがもったいなくて有り難くて緊張が緩んでしまうのです。 



何か気付きを得た時ってそうなりませんか? 

その感覚です。 


そんな時には神様がそばに居てくださっている証拠です。 





神様の前でリラックス出来ないときは心が何か歪んでいる証拠です。 
参考になさってください。




黄泉の国に足を踏み入れてしまったから霊が穢れ、祓いが必要になってしまった。 



本来 霊は省みるという機能を持っているものですが、黄泉の国に踏み入れてしまったことで霊が邪悪に転ぶようになってしまった。 


それは、神が欲望、感情という感覚を許したということもあり、必然であったとも言えるのです。 


必然ではありましたが、それは、霊を成長させるためでもありました。 


霊を祓いに祓うことで霊を正常に保ちながら成長させていただく。 



それが神の働きの目的だと言えるのです。 



祓うことと成長することはセットなのではないでしょうか?


仕事の出来不出来、お金の有るナシで階級を定める制度が過去にはありました。(今でもあると思う) 

そこにどっぷり浸かっていたような人は、そこからなかなか抜け出せなくて、能力差にこだわりジャッジする。 


そんな考えは今では古いのに未だにそれに固執する。 




神々にも階級がありそれを神々の秩序と呼ぶ。 


それは愛の含有量によるものだと言う。


階級が高くなればなるほど愛情が増すのだ。 



さて 能力差、お金の有るナシでの階級はどうだろうか? 


階級が上がれば上がるほど愛情は増すのだろうか?





階級は秩序というものが備わっていなくてはならないものだ。 


秩序とは、 
物事を行う上での正しい順序。また,社会・集団を正しい状態に保つための順序や決まり。とある。



「正しさ」が根底に有る。 

果たして、仕事の出来不出来、お金の有るナシで階級を定める制度は「正しい」ことだろうか?



自分の「正しさ」で人を振り分けることは秩序と呼べるだろうか? 



秩序ある世界をつくっていきたいものです。 




ここは地球。神々が住まう地球なのだから。 





そうやって内側の神様との関係を築いてきたわけですが、その内側の神様とわたしがくっつくと またまた、その奥から神様が現れてきました。 



先に書いた内側の神様をままのままさんと呼んで後から現れた神様をアルさんと呼んでます。 



このままのままさんとアルさんは上下関係が在りアルさんの方が上です。 

しかし ままのままさんの方が強いです。 
物事を動かす力が強いです。 



わたしという体はアルさんとままのままさんで共有していて いわば取り合いしています。 



大概、わたしとままのままさんはくっついていますがたまにわたしの体をアルさんが乗っ取り走り出します。 


その時、ままのままさんは吸収されてるようです。 


また 今年の夏、神様の遣いのお役を少しお休みしていましたが その間は、わたしとアルさんがくっついていたように感じます。 


しかし、ある日突然、ままのままさんが目覚めた感じがしたので休みが解けたのでしょう。 



自分の内側の神様に繋がるというのは、一回繋がったらそのまた奥、そのまた奥と深く深く繋がるものです。 




これは、日月神事に書かれています。 


自分に起きてることがわからなかった時に偶然、図書館である本を手に取ったら、自分に起きてることが書かれていました。




こうやって わたしたちは進化をとげていく存在なのです。



暑苦しいくらい愛されているので、毎日が忙しく過ぎていきます。 


そんなだから わたしは神社でのお詣りは控えています。 
自分に手を合わせるのはおかしいでしょ。 
だけど 遣いとしてご奉仕はさせていただいております。


自分自身に繋がるということは自分の内側に居る神と繋がるということです。 



わたしがお教えしている呼吸法&グラウディングをしていくと繋がるようになります。 


自分自身に繋がるということは 内側の神視点を持つことになります。


それまでは徐々に自分視点が広がっていくことを体験しますがある日を境に神視点を経験します。 


でも それが長く続くのではなくて、神視点と自分視点とが交互に入れ替わる感じです。 


神視点になっている時はとにかく自分への愛が止まらなくなる感じです。 

自分のことが好きで好きでたまらなくてかわいくてかわいくてたまらなくてデレデレになります。 

それが第一段階のようです。 


それが自分の内側に居る神様の姿です。 


だから、自分を大好きでいてくれるから自分も内神様のことが大好きになる。。。 


ひとりでそんなことを繰り返しながら内神様と信頼を築いていきます。 


そうなると自分との約束がきっちり守れるようになるので、目の前に居る相手との約束も自ずと守れるようになります。 



まずは自分。 

自分を満たしてからというのはこういう理由から。 




神視点というのはハイヤーセルフマインドと言うのかもしれません。 




そんな自分大好き視点を経て、様々なものが見渡せるようになり進化をしていくのです。 




自分自身に繋がると、まずは自分愛が止まらなくなるからやがて、目の前の人にたいしても許せるようになっていく。。。。。 




人を許せなかったり裁く心のある方は、まずは自分を満たして、自分愛を高めていくと良いですよ☆




神は鼻から命を授けてくださった。 



口から吐く行為は、神の愛を発揮することで、それが感謝だ。 



吐いたら、自ずと入ってくる。 



神の愛を発揮したら神から命を授けられる。 



それが呼吸というものです。 


故に、
出したら、必ず 入ってくる。 



自ら与えたら、巡って入ってくる。 



これは、紛れもない事実なのです。 



だから、与えても巡って入ってくる。 

決して、なくならない。 


この世の金銀財宝、豊かさも与えたら、巡って入ってくるものです。 




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