この世界にあるすべてのものは感謝するために存在するbyままのまま

わたしは、地球にグラインドしています。 わたしの意識は地球に同調しています。 わたしの想いは地球の想いです。 わたしの叫びは地球の叫びです。 わたしの言葉は地球からのメッセージです。 少しでも、みなさんに 地球の想いを感じていただけたら幸いです。

カテゴリ: 神様

呼吸は御神事
生きて呼吸してるだけで社会貢献してるって知らない人が多いね。 



人間は細胞分裂を繰り返して生き続けるために呼吸してるのだけど、呼吸するということをバカにしてる人が多いよ。 


息を吐く行為は、神様に繋がってるから出来るの。 


呼吸自体が神様のお仕事。 


御神事なんだよ♪ 


吐いたら自ずと入ってくる。 



御神事させていただけるから、吸わせていただくことができるのです。 



ありがたいね。 


どれだけ吸ってもお金はかからないし、誰にでも平等に空気は存在してる。 



愛に溢れてる♪ 




この世界は愛に溢れてる♪ 



息を吐ける身体があることに感謝。 



息を吐くだけで神様を愛を感じることができる身体に感謝。 



感謝しかないなあ、と思うわけです♪ 



生き続ける、呼吸し続けることは、御神事なのだと胸をはって生きることで、より深く受け取ることができるのです。 



生かされてありがとうございます。 



呼吸を疎かにしたらあかん^^ 




これからは、生き方そのものが仕事になる と誰かが書いていたけれど、それを言うなら

これからは、生き方そのものがご神事になる

のが正しいのではないでしょうか?



どんな仕事をするのか、というよりもどんなスタイルで生きていくのか なのだと思います。


その中で 自分の「大切」を組み込んで生きていくのだと思うのです。


だから、「大切」って たったひとつじゃないと思うのです。


どれも譲れないから、どれも大切だから、という理由で 先記事に書いたわたしのスケジュール(スタイル)になるのです。


わたしにとって お掃除もお料理もお詣りも子育ても主人との語らいも空ちゃんとの時間も大切なご神事です。


他者との語らいも仕事も事務仕事も営業もメールアドバイスもブログを読むことも記事を投稿することも地域創成に携わることも、すべてすべて ご神事です。




わたしの生き方そのものがご神事です。



だから、この日常生活の中で、自分を律して、自分に決めたことは守って過ごしているだけです。


わたしのやってることを真似したいと思う人がいればそれはそれで良いし、出来ないわと思われればそれだけのことです。


強制はしないけれど、わたしのエネルギーは強制力があります。


強制力があるということは、わたしに整列させる力があるということです。


〜しなければいけないとは、言ってはいませんし そうは思ってはいませんが 結果、わたしのエネルギーに触れると そのように導かれるようです。


自分を律するための剣は、自分の心を切るための剣です。

他者の心は切らないのです。


しかし、それが言葉に出てしまうこともあります。

それは否めません。



このように わたしは、まだまだ です。


だけど わたしは、こんな自分が大好きです。


「わたし」が今、なぜ、ここ で生きているのか。
その「根っ こ」を見極めるためにも、父母 をこえる存在として神や仏、自然の世界やご先祖様の存在が解る と、大きな心のよりどころを得ることになるのです。


人は本来この世の中でただ一つの命として、自然で無垢な、すがすがしくも清らかな存在です。 しかしその姿を保つには相当の努力が必要です。

心身を清浄に保つためには、神や祭り、自然の力をかりて謙虚な気持ちに立ち返ることが必要です。
本来の人としての姿にもどることを願う。
これこそが神道の祈り です。

神道では、具体的な教えを言葉や文章として遺していませんが、 日本の文化や風習、特に日本人のこころに脈々と受け継がれてきています。


「神のご意志のまま」に、「神の意に背かない」生活を常に心がけ ること。
「教えられたことを忠実に守る」のではなくて
「おのずから神の意志というものを推し量って生きる」信仰が「かんながら」なので す。


「かんながら」の信仰を持ち、信念を取り戻すことは、古くからある豊かな心をとりもどさせてくれるだけでなく、新たな価値観を生み出す大きな手段ともなるものなのです。




人が生まれることは意味があることなんだ、という意識を共有する場所が『公』という場所です。 


誰もが公平に共有できる場所です。


そのため『公』の意味は公平、公共といった誰もが平等に繋がることが出来る公の場所という意味があります。 



天皇が示される威厳はこの『公』の力が働いています。


権力ではありません。 


その威厳は 公平力というものだからです。 


人が生まれることは意味があることなんだ、という意識を共有する場所が『公』だと書きました。 



公平力というのは人が生まれることは意味があることだと思い出させる力のことでもあるのです。 


それが、天皇陛下が持っておられる力です。 


それを敬う心も同じ公平力です。



だから、天皇陛下万歳\(^-^)/と唱えたのです。



総理大臣=権力の象徴? 


権力の象徴でも公平力には従わざるを得ないのです。 




昨日、即位礼正殿の儀において総理大臣自ら、「天皇陛下万歳\(^-^)/』と宣言されましたよね? 




だから 天皇陛下は国民の象徴で在られるのですね。 


しかし これからは、わたしたちもその公平力を持つことになるのです。 



喜ばしいことですね。 



毎日、日記を書いてもらって それでエネルギーを視ながらアドバイスして ということを いつからか始めていますが よくよく考えてみると、こんなご苦労様なことって誰かやってる人がいるのだろうか? 

 

アドバイスのコメントが多いときは10件以上に及ぶときもあり、急ぎの時は電話で話す。 

よく、やってるなあ〜 

カウンセラーだと メール一回のやり取りでいくらって決まっていますよね? 




わたしは常々、神様の遣いだと書いていますが、神様からの言葉を降ろすということは、神様と同等な力を授かっているということでもあるわけですが それを乱暴に扱う人が居られるわけです。 



書いていない、言ってないならわかるけど 書いているわけだから、乱暴に扱われるのはバチが当たりますよ。 


わたしは神様には従順な遣いです。 


わたしが当てるわけではなくて神様が当てるのです。 


わたしが泣いたら、神様が動きますから。 


わたしを無用に働かせたら神様が動きます。 


神様が動くと、人間も怖がるので、わたしが間に入って、わたしは神様の使いで〜す と言ってるわけです。 


神様が直々に動かれると 人間が怖がるからわたしが代わりに動かされているというわけです。 




わたしが、「わたしは神様の遣いです。」と書くのは、「わたしを丁重に接しないとバチが当たるから気をつけなさい」という意味なのです。 



そんなわたしがメールアドバイスということをさせていただいております。 

わたしは神様の遣いであり神々の言葉を降ろしますが、出会った人、目の前の人の魂の声も降ろします。 


要はわたしの言葉は目の前にいる方の神様の言葉を降ろすということです。 


それぞれの人々の奥に潜む神様にわたしは遣われて動いているのです。 


わたしの言葉はその人々自身の神様からの言葉。 

だから、それをそっくりそのまま、有り難く受け取れば良いわけです。 


だけど 出来ないとか言うわけです。 


すると わたしは、またまたその魂にその人が言うこと聞くまで遣われるわけです。 


やめてほしい。 


わたしと空ちゃんとのラブラブ時間を削られるんです。 


わたしは神様に従順ですから否応なしに動かされます。 


空ちゃんは泣くし、人の恋路を邪魔されてるんです。 





わたしは神様に従順な遣いです。 



神様と書いてますが、この神様はひとつです。 


それぞれの人の魂はひとつのところに直結していますので わたしはその時々に応じてそこから降ろすだけです。 


創造主と言われる存在に繋がっているので降ろしてるだけです。 


だから そこと違うエネルギー、似ていても違うものを選別できます。 


違うものは受け取らないです。 


わたしは神様に従順ですから。 


違う発言は絡めない。


意味わからない。 



質問されても根底に神様じゃないものが潜んでいたら応じられない。 



そんなわたしです。 




今日は即位礼正殿の儀ですが 皇室に関心のある方はおられますか? 


皇室は自身の神様を意味します。


これを機に、関心があってもなくても自身の神様=創造主の在り方は変わります。 


今までは日本は天皇陛下に守られてきましたが今後は誰もがわたしのように創造主に繋がり生きていくようになるのです。 

その切り替わりの正殿の儀です。 





日本には、八百万の神様がいらっしゃると言われています。


八百万の神様がいらっしゃるということは八百万種類の力があるわけでどれが優れているというものではありません。 


どれかひとつと 比べるものではありませんね。 


また 八百万の神様がいらっしゃるということは八百万の種類の居場所が存在するということであちらこちらに存在するということです。 




自分は自分の居場所で発揮していれば良いだけです。 


このように、神様たちはあちらこちらに配置されてこの日本をお守りくださっています。


さて、そこに住まう人間はどうでしょうか?


配置された場所でその力を発揮しているでしょうか?


配置された自分の居場所以外の場所にも行きたがりませんか? 



自分に授かった力は、自分の居場所で発揮させるものです。


それを現場離れて発揮させたいって何様のつもりでしょうか? 



わたしたちに与えられている個性と呼ばれている能力はすべて授かり物です。 


自分個人のものではないのですよ。 


わたしたちは天の采配により力を授かり生かされております。 



その力は自分個人がどうこう出来るものではなく、定期的にサインを送られ、配置変えさせられたり新たな力を授けられたりしています。 



また 自分の能力をわかっていないのに、自信だけ過剰にあり、誇示したい肉体もいます。 


能力というものは精神的成長に応じて発揮されるものもあるので、精神的成長していないのに与えられないものなのです。 


器も出来ていないのに授けられることは皆無でしょう。 


神々の力というのは取扱いが悪いと悪に働いてしまうので慎重に扱わねばなりません。 


そのために霊的修行は必須です。 



いろいろと勘違いされている人が多くて困ります。 


また、下手に神々に似せて人間が創るものには、違うものが宿ります。 


ウカツに手を出さない方が無難です。 




注意でした。








雑に仕事をされるくらいならしてもらわなくてもいい。 



確実に、ひとつでも出来ることをひとつひとつ増やしていってくれたら良い。 

大きなことは何ひとつ望んでいないのだから 確実にひとつずつ出来るように。





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 

いつもいつも言われて叩き込まれました。


大きなことをやりたいという想いは傲りなのです。 


神様は自分の出来ることしか望んでいないのです。 


だから 出来ないことは何一つないと断言できるのです。 



神様はとても優しいです。 






大きなこと 成し遂げる為に 力を与えてほしいと 神様に求めたのに 弱さを授かった


偉大なことが 出来るようにと 健康を求めたのに 良きことが出来るように 病弱与えられた


幸せになりたくて 富を求めた
でも与えられたのは 慎ましい生き方


世の人の称賛と 成功を求めたのに 得意にならぬように 失敗を授かった


人生を楽しもうと 沢山を求めたのに 人生を味わうよう シンプルさ与えられた



求めたものは 一つとして あたえられなかったけれど 全ての願いは聞き届けられていた


今 初めて気づいたの

わたしの生きた人生は 誰よりも神様に守られて 祝福されていたの


今 気づいたの

私の人生は神様に豊かに 祝福されていた




今の世の中、何のために個人主義になっているかと言ったら、自分に集中して生きるためだと思います。 


人は孤独でないと、自分自身を見つめられないものです。 




静けさに身を置くことで、自分を見つめることができるのです。 



自分自らが静けさに身を置くことができないから、天が采配してくださるのです。 




有り難いなあと感じます。 



静寂があるから、人は成長できるのです。 




人はいつまでも成長したいものなのです。 





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 


これを原発に例えてみると、原発反対を叫ぶのではなくて 違う方法を考えることなのです。 


なぜなら、反対を叫べば叫ぶほど、そこに力を与えてしまうものだからです。 だから あえて離れる。


原発を孤独にさせることで、力を失います。 


今まで愛を基に動いていなかったものは孤独になることで力を失なうのです。 


人も同じで孤独になることで愛でないものは力を失い、愛だけでしか生きていけなくなるのです。 


静けさに身を置くことで、人でも物でも町でも成長していけるものなのです。


天の采配で成長する勇気を与えられます。


天の采配を信じて生きていきましょう。 


愛があれば、そこに残るものです。



なぜなら、愛は在るからです。 



見えなかっただけで、愛は在るのです。


愛は在るのです。




72c6231b.jpg自分は元々、神なんだ と実感できる人はなかなかいないのかもしれない。


実感できるようになると、『感謝』の本当の意味がわかると思う。




わたしは 『感謝』の意味をなるべく詳しく伝えているつもりだけど、全部も伝えられていない。





人は元々は神なんだ。


だけど、神のまま、地球にはいられないから 肉体を纏った。


肉体を纏った時点で神ではなくなった。


肉体を纏ったから、神という自分自身を肉体で表現しなければいけないんだ。


自分自身の魂は『感謝』という神なんだ。



だから

『ありがとう』と言うのは、自分を名乗っているようなもの。


相手に心を開いているということ。




だから、〇〇〇だから『ありがとう』と伝えたほうがいいね。



ただの『ありがとう』だけじゃ伝わらない。




〇〇〇だから『ありがとう』と伝えるんだよ。



わたしたちは

元々は神であり、感謝の塊だから


自分を肉体を使って伝えるんだ。

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