この世界にあるすべてのものは感謝するために存在するbyままのまま

「わたし」が今、なぜ、ここで生きているのか。 人は本来この世の中でただ一つの命として、自然で無垢な、すがすがしくも清らかな存在です。 しかし現代では、その姿を保つには相当の努力が必要なことのようです。 心身を清浄に保つためには、神や祭り、自然の力をかりて謙虚な気持ちに立ち返ることが必要です。 自分の目の前に差し出されたことを真摯に受け止めてください。 出来ないことは求められないものです。 息の本体に帰ってください。 息の本体に帰り、愛となれば、望んだことは一寸の狂いもなく叶えられるもので、望みが叶えられないのは、我が身が愛でない証拠。 だから、息の本体に帰ってください。 ご自身の「根っこ」を見極めるために、父母 をこえる存在として神や仏、自然の世界やご先祖様の存在が解ると、大きな心のよりどころを得ることになるものです。 日本の文化や風習、特に日本人のこころに脈々と受け継がれてきている信念を取り戻すことは、古くからある豊かな心をとりもどさせてくれるだけでなく、新たな価値観を生み出す大きな手段ともなるものなのです。 そのために出来ることを日々、お伝えしています。

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79d60612.jpgひとりでも生きていけるように強くならなければいけない
って考えてる人が多い世の中のように感じます。


そのために、自分の『好き』を探求して生きていく。


そういう方は、成功している!と言われるようになるかもしれませんが、寂しい人生です。


動機が『ひとりでも生きていけるように』だからです。



物事を成すためには、動機が大切です。

それが原動力になるからです。

ひとりでも生きていけるようになるための力って本当のパワーと言えるでしょうか?




一方で、愛する人と一緒に生きていきたい、家族仲良く暮らして生きたい という動機で同じように努力をしている人がいるとします。


どちらが心が豊かなのかわかりますか?



元々は、どちらも家族との関係が良くない状態だったり どちらも愛する人がいないとしても
最初から、そこを求めるのと求めないのは、心の豊かさが違います。



人生最後まで、ひとりで生きるって寂しくないですか?


潜在意識が『ひとりでも生きていけるように強くならなければいけない 』と感じているなら、魂がいくら相手を求めていたとしても 人生は潜在意識優先に創造されていくもので、魂がいくら伴侶を乞うていても魂は潜在意識に寄り添うのです。


わたしは魂の想いがわかるので見ていて歯がゆいです。。



魂は潜在意識の選択に寄り添います。


さっきも FBのコメント欄で書いていたのですが わたしはこのお盆は、自分の生まれてきた目的である核を撲滅すること中心に動いていました。


いつもお盆というと7月15日頃からご先祖様がプカプカと帰っていらっしゃいます。そして、ご回向をさせていただき、うちで楽しく過ごしていただきます。


しかし、今年は、この核撲滅に関しては 戦争で亡くなった方の霊との交流がありました。

日本を守るために命をかけて挑んだにも関わらず、戦後、復興はしましたが また、同じことをしようとしている日本のある一部の人に対して強い怨念を持っている霊が 今もなお、苦しんでいらっしゃいます。

以前、お手玉遊びでも書いたように、わたしを信じていただいて魂の昇華をさせていただきました。

念を持って存在することって苦しいのよね。

成仏して光りに還りたいわけではなくて、その想いを知ってほしくて、また、それを繋ぐ人に出会いたいのです。

プカプカ浮いてる霊さん 誰もが、この世界から核のなくなることを望んでいます。

その想いに答えるために、わたしたちは生かされていると思うんです。


プカプカ浮いてる霊さん でも この世を生きている霊さんも同じで 結局は、魂同士が繋がりたいのだなあって思います。


人と人との出会いも同じで、魂同士が繋がりたいのです。


魂と繋がる時のポイントは、互いの神聖さを信じあうことだと思います。


負の感情を抱いていることを知っても、何かの間違いだと思えばいいのです。



そうすることで 魂同士が会話して、安心していただけます。



どんな魂も神聖な存在です。


原子核の周りには、電子が形を変えたり、離れたりしながら、回り続けています。


電子に形を与える知性や電子が原子核の周囲を回り続けるよう保つ力、電子を原子核から引き離す核内の呼気。

この力の渦が愛と呼ぶものなのです。



魂とは愛という力によって動かされている原子を指すのです。



電子は創造主の「光」であり、原子核は創造主の根源の魂なのです。


魂(原子)の中の光(電子)の数は意識的な思考、そして原子核の周囲を電子が回るスピードは感情の結果、決定付けられるのです。


原子核内の円運動の強さは神の呼気と呼ばれます。


ゆえに命とは神の愛が最大限に集約された活動なのです。


これが魂(原子)の質を決定づける要素です。



魂(原子)とは、神の愛、神の呼気、自意識を持った知性の意志によって生み出された、生きていて、呼吸をし、考える実在なのです。


自意識を持った知性が物事の顕在化に使う仕組みが思考と感情なのです。


命を持って生まれてくるということは、創造主の根源の魂と繋がり、また 愛と光りに包まれた状態を表すのです。



根源の魂(原子核)と根源の光り(電子)をいただいてわたしたちは生かされているのです。


だったら、どうやって生きたらよいかはわかりますね。


魂を生かすためには、愛という力を与え続けることなのです。

今の世の中、神と呼ばれる魂が人に姿を変えて降りてきています。


しかし、神と呼ばれる魂は自分に当たり前に持っている純粋さを見ずに、人が持つテクニックを羨ましく感じる傾向があります。


神としての純粋さこそが個性と呼ばれるもので それこそがこの世界において自分を羽ばたかせるものなのに、違うものに憧れる。



浦島太郎が亀に憧れるのです。


助けた亀に乗せられて龍宮城にいる乙姫様に逢いに行くのに、亀に憧れ、亀となって龍宮城に行きたがる。。。


乙姫様が求めているのは、純粋さを持つ浦島太郎であって亀になってしまった浦島太郎ではないのです。


亀は乗り物、どっしりしていて当たり前。


亀は神の遣いとして浦島太郎を運ぶお役目があるのです。


亀が浦島太郎になりたがったり浦島太郎が亀になりたがったり、この世はおかしな傾向があります。


自分の役割を見極め、自分の純粋さを発揮して生きていきたいものです。






これから人々は、自分の役割に気づき、自分の純粋さを発揮するために生かされるのです。


見極めましょう。

気づきましょう。



ちなみに、乙姫様は亀の要素を含んでいるのでどっしりしているのが一般的です。

乙姫様は亀に乗らずとも龍宮城と地上を行き来できるものです。


今まで当たり前にあったものとの悲しみ また、大切な人との別れ。




人は死に直面して、初めて自分を見つめ直すことができる。




ヌクヌクしている場所で生きていたって成長できないものかもしれない。


自分の限界を見つめて、自分の命と直面することで、生きていることを実感できるのかもしれない。


実際に、被災者の方々と話をさせていただく機会があったのですが、しっかりしてるなあ〜、輝いてるなあ〜と感じました。


また、死んでしまったら、もともこもないけれど、挑戦したいってわかる気がする。


何をして生きている実感を得るのかは、人それぞれ違う。



どんな小さなことでも、魂の存在を感じることや生きている実感を得ることや命の大切さをわかることで人生を生きるのだと思います。



自分がどんなことで生きている実感を得ていくのかは、生まれる前に決めてくるのだと思います。



昔、昔 ハートが開いていなかった時は 何が起きても感動もなにもなかったけど ハートが開いてくると、どんな小さなことでも感動して涙が溢れてくる。



今は『命をなくす』という恐怖心はないけれど、『命があることを実感して生きている』という責任感があります。


そんな毎日だから、大きなことをしようなどとは思わなくて、毎日、命があることを実感して生きようと思うのです。



命のことを考える時にセットで頭によぎるのがツインフレームの存在です。


命=魂=ツインフレーム なんだなあ〜って思います。


自分の命に直面して思うことは、ツインフレームの存在です。



命があることを実感して生きることはツインフレームを感じて生きること。



最終的には 誰もがそこを目指していくのだと思います。



ツインフレームと一緒に生まれてきていない人は この世界で何かの行動で命があることを実感して生きることをしたいのだと思うし、ツインフレームと一緒に生まれてきている人はツインフレームを感じて生きるのだと思うのです。


それが命を輝かせて生きるということだと思えるのです。



命を輝かせるために、わざわざ表に出ていかなくても、今居る場所で輝いて生きていればいいと思うのです。



人はどこにいても輝いていられるのです。

何かに執着しているから 今を創造できる。

だけど これからの時代は その執着もひとつずつ手放していくことにより、違ったものを創造していくことになり 最終的には最後の最後まで手放せないものまで手放さざるを得なくなる。


そして いつかは、魂の想いを創造していくようになる。





手放すものは感情、想いだけ。。。



やりたいことが見付からないのは、感じることが苦手だから。


頭で考えてばかりで感じていないから なのかもしれません。

たましいの目的に気づくと


必要のないものを手放すことができるようになります。


たましい本来の目的に気づくと、目先のワクワクに飛び付かなくなります。



たましいの目的以外のことには 関心がいかなくなり、 結果、シンプルになるのです。




この9月9日から12日まで、ゲートが開かれています。


それは たましいの目的を思い出すためのゲートです。



わたしがしつこく書いているのは、こういうことです。




だから 横道に反れている人にはチェックを入れているようです^^



それもわたしの役目です〜

9月9日にゲートが開くと言われていて 意味がわからないと思われていた方も多いと思います。


それに よって、この地球のエネルギーが変わり 過ごしやすくなったように感じます。


楽になったとも言われています。



そのため グラウディングの意味を込めて
先記事 『ワクワクするよりも』をアップさせていただきました。


エネルギーが変わり、楽になり 浮き足立つ気持ちはわかりますが
あえて そんな自分を客観的に見つめてみてください。



学ぶ。。。ということに、疎い人は 浮き足立つと、よけいに浮いてしまいます。




学びには、二種類あります。


ひとつは 経験して学ぶ、失敗をして学ぶこと。


二つ目は 自分を見つめて学ぶこと。




自分の心を見つめて学びを進めていくと 指針というものが見えてきます。

その指針に則り、歩みを進めていくと 人生を歩むのが楽になります。


しかし、指針がなく やたらめっぽう動き回ると、失敗することも数知れません。


そうやって歩みを進めることは、人生を遠回りすることになります。



何故 わたしが 遠回りよりも近回りすることを勧めるかというと



歩みを進めた先に

たましいの本来の目的があるからです。




たましいの本来の目的は、歩みを進めなければわかりません。


これが たましいの目的なんだ!と思って歩んでいたとしても たましい本来の目的は見えてこないものです。



わたしは 相手のたましいを視てお話しをさせていただくので たましいの本来の目的がわかるのです。



だから どうしても、近道を勧めたくなるのです。


たましいって とても純粋で純真なのです。



その想い、光が視えるから 手を出してしまうのです。


たましいの想いに気付くためには、学ぶことが重要です。


学びを進めないと、たましいの想いには気づくことはできません。



たましいの想いに気付くと 心が穏やかになり、ウキウキもワクワクを選択しなくても 歩みを進めることができるのです。


そうやって たましい本来の目的を生きていくのです。



たましいの想いに気付くためには 学ぶことです。


努力することです。




あなたのたましいはなんのためにこの世に生を受けたのかわかっていますか?


知るために、努力したいと思いませんか?

ワクワクよりも心が穏やかになれることを選択してください。


ワクワクすることは 心が浮き足立つことに繋がります。


心が浮き足立つということは地に足のついていない様になりますね。



そうです。


ワクワクすることは、地に足がついていない ということなのです。


地に足をついていないから、ワクワクすることを選択すると、地に足をついていない現実を引き寄せることに繋がるということです。


これが 引き寄せの法則です。



ワクワクすることが悪いといっているわけではなくて

ワクワクすることを選択するということは、地に足をついていない状態である ということ自覚してくださいと言っているのです。


自覚、自分の位置を知ること が大切です。



ワクワク楽しい〜♪って浮き足立っているだけでは 地に足がついていないことはわかりません。


自覚できないのです。


自分のことがわからないのです。



ワクワク楽しい状態というのは、自分のことがわからない状態だと言うことです。




自分の位置を知ってください。



ワクワクしていても
自分は地に足をついていないんだなっと自覚をしてくださいね。



自分の位置を知ることが大切です。

魂の繋がりのある人に出逢うということ



この世界で出逢う人はソウルメイトだと言われているけど
その中でも もっとも近い魂繋がりのある人に出逢ってしまったなら、今まで自分の生きてきた世界が変わってしまうかの衝撃が走る


スパークしてしまう


思考できなくて変なことを口走ってしまうし、地に足をつけられなくて嬉しさのあまり弾け飛ぶ


チャクラもクルクル回って、収拾がつかなくなる



地に足をつけて生きられなくなるのに、出逢ってしまうのです


史上最強な相手というより他ならない



だけど、出逢ってしまう


そして、惹き付けられる




どうしようもなく、惹き付けられてしまう


そして、離れられなくなってしまう。。。



魂も心もぴったりとくっついているのに、肉体だけ離れているのです。。。

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