この世界にあるすべてのものは感謝するために存在するbyままのまま

「わたし」が今、なぜ、ここで生きているのか。 人は本来この世の中でただ一つの命として、自然で無垢な、すがすがしくも清らかな存在です。 しかし現代では、その姿を保つには相当の努力が必要なことのようです。 心身を清浄に保つためには、神や祭り、自然の力をかりて謙虚な気持ちに立ち返ることが必要です。 自分の目の前に差し出されたことを真摯に受け止めてください。 出来ないことは求められないものです。 息の本体に帰ってください。 息の本体に帰り、愛となれば、望んだことは一寸の狂いもなく叶えられるもので、望みが叶えられないのは、我が身が愛でない証拠。 だから、息の本体に帰ってください。 ご自身の「根っこ」を見極めるために、父母 をこえる存在として神や仏、自然の世界やご先祖様の存在が解ると、大きな心のよりどころを得ることになるものです。 日本の文化や風習、特に日本人のこころに脈々と受け継がれてきている信念を取り戻すことは、古くからある豊かな心をとりもどさせてくれるだけでなく、新たな価値観を生み出す大きな手段ともなるものなのです。 そのために出来ることを日々、お伝えしています。

カテゴリ: 怒り

人に対しての言動に苛立ちを覚えてしまうのは、自分の心の内側に何かストレスを抱えてしまうからなのです。


ストレス、不満、こだわり ともいいます。


許せない何かがある場合、些細なことで苛立ってしまうことがあるようです。


何故、許せない何かがあるかと言うと 人生を楽しんでいないからなのです。


楽しみがないのですね。

一生懸命に働いていても楽しみがないから苛立つしストレスを抱えるのです。



何かに楽しんでいたり満たされていたら、不満は感じないし文句も言わないものです。



楽しみがないことが最大の原因なのです。



先記事にも書いた、楽しみがないと ダラダラ長々と仕事をしてしまうのです。


楽しい予定があれば、それに照準を合わせて、計画的に行動するはずなのです。


また 優先順位もつけることができるはずなのです。



今月は、そんな見直し月間です。




人との関わり方や仕事の請け負い方も見直す対象になります。


どんな仕事でも請け負うのではなく 自分の心の眼を開いて選ぶことも必要です。


禍を回避することも必要なのです。


だから、自分の直観を磨くことも必要で、そのためにお断りすることも必要なのです。



全部を引き受けるのではなく、選ぶ時代です。


自分が選んだ仕事を大切に育てていくことが自分というものを作り上げていくのです。



何でも請け負うことは身を滅ぼしますよ。


選択して、楽しみを持って生きていくのです。


自分の大事な愛やお金を奪われたのだから、もらって当然なんだ。

愛をもらって当然。

お金をもらって当然。



そんな想いで生きている人がいらっしゃいます。


行き場のない想い、、、というか 人から奪うことで快感を得ています。


愛はなくて平気。

お金さえあれば平気。


だから、悩まない。



お金を得ることで安心します。


そのため お金のかかることは極力、しません。


真面目にコツコツ働きます。


だから 一見、良い人に見られます。


安心をお金で買うことで満たされて、満たされるためのお金を得るためにコツコツ働きます。


目的はしっかりしているのです。


軸はあるのです。


しかし それは、愛と呼べるものではないのです。



生きがいは、復讐であり奪い取ることです。


生きがいがハッキリしているから、愛などいらないのです。


お金さえあれば生きていけるのです。




そのような方の魂はは、自分を見つめさせるために あえてお金をなくすような出来事を起こします。

正当な理由でお金がなくなっていきます。


しかし その意味がわからず、無くなったら また、コツコツと働くのです。



そのような方は 人の親切心、思いやりの気持ちがわかりません。


自分に取って必要ないからです。


だから エネルギーには無頓着でわからないのです。

ハートがしっかり閉じているためわからないのです。


愛よりも復讐優先なのです。



でも そんな復讐目的で生きてきた人にもハートを開かせるようなことが起きています。


それは、ソウルメイトとの出会いです。


復讐なんて止めなよ!とソウルメイトは止めに来てくれます。


復讐とソウルメイトとの愛、どちらを選ぶかは自由なのです。

逆に 人を傷付けてしまった場合には、謝るのです。

それしかないです。


いくら 謝罪の想いを飛ばしたとしても、許されないのです。


直接、謝るのです。


そして もうしないことを誓い、相手を敬うのです。



人を傷付けたことは棚に上げて、自分が傷つけられたことばかり主張する人がいます。


恨まれて当たり前。
許されなくて当たり前です。



自分に正直になるって 傷つけられたことも傷付けたことも 同じように認めて受け入れることなのです。



自分が傷付けたのなら、自ら謝らなければ許されないのですよ。


自分が心底、謝罪して心を入れ替えなければ許されないのです。


心を入れ替えるのです。

世間的に 正しいと言われている行いをしていたり、尊敬されている人に限って 人を憎む心や裁く心を持っているようです。


真面目過ぎるのかもしれません。


いい加減が出来ないのかもしれません。



そのような方なので
本を出していらしたり、ブログを書いていらしたりします。



そして、たくさんのいいねが押してあります。




上に立つ者ならば 自分を律していただきたいと思います。



憎む心、裁く心を持っていては 人を導けないものですから。。。


いくら 良い行いをしても 良い言葉を使っていても 人を憎む気持ちや裁く気持ちのある人は 寂しそうにみえます。


人を憎む気持ち、裁く気持ちはないほうがいい。




自分は 良い行いができ、良い言葉を使っていられる環境にいられるのだから
いちいち、人を裁いて 自分を落とさなくてもよいのに。。。 と思えてしまうのです。




憎んでしまう、裁いてしまう心の裏側には 寂しさが潜んでいる。



憎むより、裁くより
その寂しさと向き合ってみてください。





人の心から憎しみや裁く気持ちがなくなりますように。。。

人のことを信じないのは、人を疑っているからじゃないんだ。


全体を見て、判断したいからなんだ。


公平な立場で見てみたいんだ。




自分の感覚が信じられないから、いろんな人の意見を聞いて それで判断しようとする。




それが基本、自分を信じられない人の行動なんだね。



わたしは違うなあ


自分を信じているから自分の感覚を尊重する。


また、グラウディング出来ていない人の直感は妄想だから グラウディング出来ていない人の意見は頭から聞かない。



だけど 人は グラウディングできているかいないかわからないから
すべての意見や評判を聞いて判断する。


わたしに意見を聞いて、それ以外の人にも意見を聞いて判断する。


わたしの意見はただ、判断材料にしか思えないんだね。


そうやって生きてきたんだね。



結局 自分を信じられない人の発想は、複雑で わたしには理解できないものなんだ。


だから、近づけない。。。


意見を求められても、相談内容が理解できなくなります。

わたしの記事のペコさんからのコメントで次のようなことが書かれていました。


☆☆☆☆☆☆
私は、ここのところ、日本を内側から、日本人になりすまして壊そうとしている人達、日本を外側から毀損する勢力に怒りがおさまらない状態です(´`)
☆☆☆☆☆



今、同じ想いを抱えている方がいらっしゃるのではないかと思います。


でもね


同じ土俵に上がらないこと

なのです。


同じ土俵に上がったら、戦わなきゃいけなくなるでしょ。



自分をそこまで落としちゃダメだ。


代わりに光を送りますとか もしなくてよい。



すると、消えていく。



関わらなきゃ消えていくしかない。



だから、わざわざ 怒りを持つ必要はない。



もっていいのは、愛だけ。


自分が愛であれば、それでいい。



余計な手出しは無用です。


わかったかい?

金持ち喧嘩せず という諺があります。


金持ち=心の豊かな人は喧嘩はしません。


許す心があるからです。


許す心がある人は、自然とお金持ちになっていきます。



また、お金持ちになればなるほど
許さなくてはいけないことが 起きてきます。



貧乏である人とお金持ちの苦労はこれが違います。



許す技量がある人ほど、心豊かに、お金持ちになっていきます。



お金持ちになりたければ、許す技量をつけることです。

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