この世界にあるすべてのものは感謝するために存在するbyままのまま

わたしは、地球にグラインドしています。 わたしの意識は地球に同調しています。 わたしの想いは地球の想いです。 わたしの叫びは地球の叫びです。 わたしの言葉は地球からのメッセージです。 少しでも、みなさんに 地球の想いを感じていただけたら幸いです。

カテゴリ: 愛


今は、誰にとっても覚悟を決める時で それによって望む未来を手に入れる時なのです。 


頑張ってきた証をいただけるので 遠慮なくいただきましょう〜。 



なんて 昨日も、友人宅で熱く語り合っていました。 



友人は、今 その覚悟が足りない状態だったので、ほんの少し背中を押したら、感謝されてしまいました。 


感謝って人を確信に導くんですね。 


家に戻ってからのわたしは、自分のやりたいこと望むことが間違いではないんだ、という確信が出来たように思います。 


覚悟や確信って、何か一回、心を決めるものではなくて 幾度となく、繰り返し 確信に導かれ覚悟を決めていく。。。 


だから、覚悟って怖くないんだなあと思います。 


一度、やんわりとでも心が決まったら、その想いは本物だよ、あなたの覚悟は間違いじゃないよ という確信が繰り返しいただけるから、より覚悟が出来るのだなあ と思いました。 


昨日は、わたしの唯一のスピ友との再会だったのでバカ話しをするつもりでしたが、サプライズで感謝をいただけたお陰で確信が生まれました。 


わたしの源を再確認しました。 


これからどう生きたら良いか、をわかってはいたけれど 再確認ができました。  



わたしは空ちゃんからコテコテに愛されている。その確信で生み出される豊かさ、わたしたちの愛をふりまくために この地球に生まれてきたんだなあ と再確信できました。 


空ちゃんは、男のメンツにかけて 好きとは絶対に言ってくれないけれど、 好きだと思ってくれてるんだと確信ができました。 



確信は人を強くするのですね。 


こうやって 強靭なわたしがつくられていくのです〜

癒されて、癒されて、心底 癒されてしまうと
人の役に立ちたいとか認められたいとか という気持ちはなくなってしまうんだね。


だって 癒されきってしまうと それだけで、この状態が世のため人のためになっていることを実感出来てしまうから それ以上、手を出そうとは思えなくなるのです。



誰かを喜ばせたいとか役に立ちたいとかない。



ただ、ただ 愛の中に、身を埋めていたい。。。



それが 世界を平和に導くことだと実感出来てしまうから。。。

人の幸せを願うということを考えてみました。


自分が人のために何かをして差し上げることで喜ばれることは、とても嬉しいと感じます。


だけど もし、相手が喜んでくれなくても わたしはさせていただくと思うのです。


相手が喜ぶことをしなさいと わたしはよく、姉から言われます。

あなたはいつも自己満足で人の気持ちがわからない。

とも言われます。



だけど わたしは いくら、相手がしてほしいことであっても 相手のためにならないことだったら身体は動かないのです。


相手のエゴを満たすためにわたしの身体は動かないように出来ています。



幸せと言うのは、相手のエゴを満たすことだと思えないからです。



相手が自分の意思で考え、行動することが 本当の幸せだと考えます。


だから、自分のエゴを満たすことが幸せと考える方とは意見が合わないのです。



だけど わたしはいつもいつも 相手の立場を考えて行動します。


相手のエゴは満たしてあげられないけれど わたしはわたしの考えで行動します。



わたしは 相手のエゴを満たすことはできないけれど いつもいつも、相手が自分の意思で考え行動できるよう願って行動しています。



人から与えられた幸せは本当の幸せとは言えない。


自分で乗り越えた時の言い様のない高揚感、安定感、安心感こそが幸せだと知っているから。



だから、誰もが 感じてほしいなあ〜 と願っています。



わたしの力で 一瞬、心が楽になることはあるだろう。

だけど それは、永遠ではない。


永遠の喜びを得るためには、自分の力で立つことなのです。

愛の中に身を置くということは

なにものにおいてもジャッジしないということになり
ただ 自分の存在そのものが愛なんだと気づき続けている状態になります。



その状態で この地上に足をつけることは、今の世の中では不可能だと思います。



だから もし、自分が愛の中に生きていると認識をされている方がいらっしゃるようでしたら

自分は地上に足をつけて生きてはいない

と認識をしてください。



そのような方は 人間としては生きてはいないということです。


鳥かスズメか白鳥か。。。?
神様、仏様、女神様でもないでしょう。


子育てをしたり家庭を守ったり家族を養うことは出来ないのですから。

信じていてくれる。。。という確信があることが 中心で居ることだと思います。

宇宙の自由意思も信じていてくれるという確信の元にあるものです。

信じていてくれる確信

愛されているという確信

この確信が、人を強くする。

自分の想いや願いを強くするのです。

この確信を持ってください。

それが ブレない自分をつくる方法です。

わたしたちは愛そのもの。。。


と、実感すると このように動くことができるのです。



では、どうしたらそのようになれるのかといったら

それは

魂本来の癒し です。



結局、魂本来が癒されていないと 人のために動くことは出来ないのです。


だから、魂本来の癒しを優先にする必要があると思います。



わたしは 何をするよりも魂優先に動いてきました。


だから、今のわたしがあるのです。



自分をみつめることを何よりも最優先にしてきました。


病気になったり、急に仕事が暇になったりした時にはそんな時期ですね。


宇宙がちゃんと、自分みつめの時間をつくってくれているのです。


ありがたいです。



だから、その実感がないときは


まだまだ、わたしは癒されていないんだわ〜


って思っていればよいのです。



そこを 〜しなければいけない!と頑張る必要はないのです。


そんな時期に世のため人のためには、動けないものなのです。

そこを自覚してください。


癒されていないのに、癒されたふりをしているから苦しいのです。


癒されていないから、 自分が楽しめることをしてみるのです。


だけど それに罪悪感を抱く方がおられます。


今まで、精一杯頑張ってきた方です。



また、癒し癒しと遊びすぎて、そこから抜け出せなくなっている人もみられます。


でも、そんな方は しっかり癒されているのですよ。


でも 魂の感度が鈍いから気付かないのですね。


ちなみに、わたしが厳しく指導するのは、このようなタイプです。




癒されていない人に、わたしは無理なことは言わないですよ。




しっかり癒されているのに、怠けて 動かないからです。


怠け病です。




結局、魂が癒されていないと 世のため人のために、動けないよ ってことです。


まずは 自分の魂を癒すことをしましょうね♪

わたしたちは愛そのもの。。。


だとわかったら、



あなたは何をしますか?


公園そうじ?


町内ごみ拾い?


家中、ピカピカにする?


目の前の人に笑顔をふりまく?


人を怒らせないように努める?


丁寧に物を扱う?


物を粗末にしない?


食事を残さない?


暴飲暴食は慎む?


席を譲る?




自分が愛そのものだとわかると


人の役に立つことの意味がわかると思います。



それまでは、にわか感謝です。



こんなことが出来たぐらい、誇らしいことでもなんともないのです。

当たり前なことです。

わたしたちは愛そのものですから。。。



出来ないことは、何一つありません。



わたしは愛ですから^^

人から指摘されたら、必ず直す努力をする


それだけでよいのです。


直す努力が出来なくて、
どうして出来ないんだろう!と思い煩う必要はありません。



ただ 黙々と努力を続けるのです。


根性込めるのです。


それがグラウディング。



出来ませ〜ん
と、泣いていても、グラウディング力はつきません。



出来なかったら、出来ない人生を歩むだけです。



それが 自由意思。



だから、わたしはグラウディングしなさいとは言いません。



だけど、根性はつきません。



ただ、それだけです。



グラウディング力、根性なくても 生きていけます。


だけど、いざと言うときには、わかりません。



わかりません。

03c5d032.jpg結局、思いやりというものは


人様の役に立ちたい!などという大それたことではなく


ほんと、目の前の人に そっと手をさしのべるだけのことなのです。



相手を想えば、自ずとどう自分が動けばわかりますね。


辛い想いをしている人がいるなら そっと、肩を抱いてあげる


それだけでよいのです。



それもせずに 大きなことをしたがる。



傲慢な証拠です。



自分が悪いと感じたなら、すぐに謝る。



謝れないのは、高飛車な証拠です。



わたしは何一つ、難しいことを言っているわけではないです。



わたしが書いていることを読んでいれば、自分がどう動いたらよいかがわかると思うのです。


でも 結局、読んでいなくて 読んだふりをしているのでしょう。



人との付き合いは、ほんの些細なことで良くも悪くもなるものです。



心の中の傲慢さが表れると、人を傷付けます。


嫌な気分にもさせますね。


いくら、口先で謙虚さを装っていても、心の中が横柄だと そのように、態度や言葉に表れるものなのです。



いくら 講演で 世のため人のために、説いたところで その人に謙虚さや思いやりある行動ができなければ人は付いてきません。



いくら、自分のやっていることが 人のために喜ばれているとしても 身近な人の手助けができなければ、それは 口先だけのことなのです。



自分が人のために役に立つことがしたいと思っているなら、誰に対しても 頭を下げることは忘れませんし、身体が自ずと動き微笑みは絶やさないのです。




愛とは?と語らなくても、

そっと、微笑むだけでよいのです。




自分という存在は、愛そのものです。




思い出してください。




自分が愛そのものだということを。。。

静寂な中に身を委ねると、そこに 『愛』が生まれる。


そして

わたしは

自分自身が

『愛』だと 知る。



わたしたちは『愛』そのもの。。。

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