この世界にあるすべてのものは感謝するために存在する

わたしは、地球にグラインドしています。 わたしの意識は地球に同調しています。 わたしの想いは地球の想いです。 わたしの叫びは地球の叫びです。 わたしの言葉は地球からのメッセージです。 少しでも、みなさんに 地球の想いを感じていただけたら幸いです。

カテゴリ: 波動について

そもそも、スピリチュアリストが書かれる波動を高める、というものはどういうものなのだろうか?


わたしは たまに、宇宙系のスピリチュアリストたちのブログを読んでいるのですが、彼らの言う 波動を高める とはどういうものなのかわからないです。


彼らが書かれる波動とわたしが書く波動という意味合いは どうやら違うように思えるのです。



わたしが書く波動とは、意識の高さであり、意識が高ければ高いほど、人格も比例して高くなるのが普通です。


波動が高くなれば、人格も高いのが一般的だと思っていますが
彼らの書かれる波動というのは、人格は無視しているように思います。


彼らの書かれる波動が高いだけでは、人としては生きていけません。


人として機能しないというか、人としての意識が薄いというか、魂だけで生きてるの?というかポーとした人間です。


人とコミニュケーションも取れなくて
宇宙のことばかりを考えて生きている。。。


不思議な人種です。


そのような人種を増やしたいのでしょうか?



人はいろんな役割があり生まれてくるので 一概に言えることではないですが、不思議です。




人に必要なことは、コミニュケーションの実践です。


コミニュケーションの実践なくして、人間はつくれないのです。


波動を高めるだけでは、人間性を高めることはできないのです。


昨日の林修先生の言葉の中にもありますが、
失敗の実験をたくさんしながら、問題を解決する力と創造する力をつくるのです。


それが波動=人間力だと思います。



波動を高めるとは人間力を鍛えることに他ならないと思えるのです。



実践あるのみです。



だから、覚醒 とは別物だと思います。

とかく、波動が高いと言われるものは良いものだと言われますが、波動の低いものは悪いと言っているわけではないのです。


一般的に、波動が高いと言われるものは 人の意識を高めますし、癒します。

しかし、波動の低いと言われるものでも そのような効果はあるのです。


だから、やみくもに波動の低いものは良くないとは言えません。



波動の高いものって 人によっては 手が届かない場所にあるので
なかなか、その波動を感じたいと思っても そこまで行き着けないものなのです。


だから、波動を上げていくには まず 自分に身近なものを頼ることから始めていくのがよいのです。

自分の波動を少しずつ上げていくことによって 高波動と呼ばれるものに 辿り着いていくのです。



わたしがひとりひとりに言うことが違うのはそのためです。



その人にとって良いことが 違う人にとっては悪影響を及ぼすことがあります。


その人それぞれ、合うものが違うのです。



高波動のものが良くて、それを感じることができるのは選ばれた人。。。みたいなことが書いている記事を読んだので、書いてみました。



一般的に、高波動と言われるものだけが人を癒す効果があるとは限らなくて 娯楽と言われるものでも 十分に 人を癒すことはできるのです。


このような奢った考え方が 一番、危険です。


愛を気取った悪魔、または愛が99%、闇が1%と言われる闇です。



わたしも 人によっては〇〇〇は良いけど、〇◎〇は良くない と言う言い方をしますが それは、今のその人にとっての最善なことを言っているのであって 誰にでも言っているわけではないのです。



わたしから 何か言われたら それは、自分にだけ当てはまると思ってくださいね。


言葉は難しいです。


だから 書いてると、長くなるのよね〜

覚醒することが目的じゃないんだよ。


現実を叶えるために、内側と向き合っていたら 覚醒しちゃっただけなんだよ


現実的に

幸せだ〜♪

と 思えることが大切なんだよ。




覚醒しちゃったわたしが言ってるんだから、間違いないよ♪

ここ何年かと スピスピしてきて 宇宙の法則もわかってくると どう進むのが 自分にとって最適かがわかってくるから どうしても これは良くて、これはいけなくて って思うようになってきている。。。

どれもこれも間違いはないんだけれど

でも

わたしの内側では

人を見かけだけで判断してはいけないとか

お金があるないで人を判断してはいけないとか

仕事ができるできないで人を判断してはいけないとか


って 自我が芽生えてきてしまっている。



だから

人を見かけだけで判断したり お金があるないで判断する人に対して 反応してしまう自分がいる。

こうして スピスピしてると
〇〇〇でないのに、ヒーリングしちゃだめよ
っていう自我も出てきています。




宇宙の法則を学べば学ぶほど

善悪の観念が増えてきてます。



光が強くなればなるほど、闇を憎んでしまう


ってやつに陥っているわけです。




今のわたしの身体の中は そんな自我が増えてます〜。



そのことがやっと 認識できました。



それが 表に出た出た大晦日でした。



自我の解放、って お休みだろうと容赦ないのね。


眠っていても 夢にまで 現れてきます。



そこと 向き合うための冬眠だったようです。



自分の内側の光と闇の統合が始まりました。

家族は親戚は そんなわたしの内側を映す鏡となってくれています。


すべては 自分の内側を見つめるために起きることです。



頭で わかっていても 内側でわかっていないと 相手に現れますね。。。



お見事です。




観念を書き出しただけで 身体に貼り付いている観念が 踊り出して 細胞が ボコボコとしています。

胃のまわり 背中の下、腰あたり 横っ腹 うごめいています。


自我は 『身体の中に在り』です。



娘は 映画を観に行こうと言ってますが。。。


行きたくないよ〜

先ほどの記事で


内観、浄化をして感情を外す、エネルギー外すと書きました。


エネルギーを外すということは エネルギーを動かすということで

エネルギーを動かすということは
内観、浄化だけじゃなくてもできることです。


言霊ってありますね。

これも、立派なエネルギーです。

『ありがとう』と 一言、言葉を発するだけで エネルギーが動きます。


わたしは、言葉や行動で エネルギーを動かします。
自分の言葉で どこが動くのかを検証します。
自分の行動で何が動くのかを検証します。


すると、やはり 自分の言葉や行動は 自分の家族、ご先祖様に影響を与えると思います。



内観、浄化をするとき
相手を 鏡として 自分の内側を見つめていくのですが
浄化をして エネルギーを動かしていくと 自分だけじゃなく 子供や主人のエネルギーも動かしていくことになります。

そのため、子供が熱を出したり 下痢になったり 友達関係で悩みが出たり。
。。しました。


わたしは 自分のサイキックな能力で 浄化をすることが 多かったので 特に 影響が大きかったのかもしれません。



今、思うと
内観、浄化というのは ひとりよがりな行為ではないかと 考えるようになってきました。


ある部分だけ、エネルギーを外しても それでは、歪みが出る

ということです。



良かれと思ってやっていることが裏目に出る
ということもあります。


自分の周波数をどんどんと上げていくうちに あることに気が付きました。


自分の周波数を上げれば、上げるほど 周りが見渡せるようになりました。

自分の放った言葉で どこまで影響を与えるか も わかるようになりました。


この世の中は バランスが大切です。


全体を見渡して、バランスを取りながら 言葉を発するようになりました。

目の前のことに集中する。
これは バランスよく、エネルギーを動かすことができます。


しかし、片寄った場所に集中すると その部分しか動きません。


例えば
家族の場合、
それぞれの波動が下がっていると めいめいが マチマチに動きますので バランスが悪くなります。
そして、家族間の争いの元になったり、病気を引き起こします。

また、離婚するという選択をされる方もいらっしゃいます。

『離れる』という行動は 非常に、強いエネルギーを生み出します。

でも それぞれの周波数を元々の周波数に戻すだけで バランスが取れて離婚を回避できるようになります。

ただ、
元に周波数を戻してあげるだけで笑顔になり、仲良くなります。


だから わたしは フルネーム鑑定では

なるべく、家族の名前を教えてもらうようにしているのです。

家族全員のバランスがわかります。
エネルギーの動かし所がわかります。
また、家族全員を地球に繋げなくても、 ひとりを繋げるだけでいい場合があります。


お互いが 影響しあっている。


さきほど
『離れる』という行動は 非常に、強いエネルギーを生み出します。
と 書きました。

『離れる』という行動は、 相手 相手の家族 自分の家族を巻き込む行為です。


ある方と一緒にいるときに バランスが取れている家族が そのある方から 離れたことで バランスが悪くなることがあります。
その場合は たいがいが 子供に悪影響が出ます。
病気、怪我、事故。。。



人は 無意識にバランスを取りながら、生きているのです。

それを わざと離れるので 歪みが生まれるのです。

それがまだ 本人に降りかかるなら仕方がないなあ とあきらめるのですが 本人ではなく 罪もない子供に 降りかかるのです。


そういう決断は、よく 考えてから 行動してもらいたいものです。





1から5まで 書いてきましたが これはすべて わたしの身体で検証してきた内容です。


わたしは 身体で考えます。

身体で 感じ取ります。


皮膚感覚、触覚。。。
触角???


カタツムリの戯言でした。



長文をお読み頂き、誠に ありがとうございました。

チャクラオープナーで 自分の周波数を元に戻しながら 内観、浄化を進めてきました。


わたしの内観というのは
相手を鏡にみたてて 相手に対する感情を書き出して 浄化をしたり、
自分の身体の中にある感情をゴッソリ取り出して、外したり。。。
という やり方をしていました。


相手に対する感情は、自分の身体にこびりついているので それを外すことによって その部分が軽くなり 楽になります。

肩凝りというのは、まさに 感情のこびりつきですね^^

お陰様で、わたしは肩凝りありません。




内観、浄化をするということは
自分のエネルギーを動かすということです。

感情はエネルギーですから。。。

身体の中のエネルギーを外すということです。

自分のエネルギーを外すということは、繋がっている人に影響を与えます。

一番、繋がっている人に影響力を与えます。


一番繋がっているのは、、、、
ご先祖様、家族です。



例えば、仕事で嫌だと感じる人がいるとします。
その人に対しての、感情を外すと 家族との関係が変わります。


影響されるのは、家族、ご先祖様です。


血は何よりも濃いのです。



つづく

波動が下がると、低級霊に憑依されてしまう。。。
から その怒りの言葉は 自分のものではなく、TQ0(低級霊)の仕業なんですよね。

すなわち
波動を上げるということは

本来の、自分の波動に戻す

ということになります。

だから、チャクラオープナーでチャクラを整えたら、わたしの波動が上がったのです。

本来の自分の周波数に戻ります。


よく、ポジティブな言葉を使おう!と言われますが

ポジティブな言葉を使う

というよりも

ネガティブな言葉を使わない。

だけで よいんです。

わざわざ、ポジティブになろう!と気合いを入れることではなくて、

ネガティブな言葉を発せなければいいだけです。
ネガティブな言葉はTQ0ちゃん♪は大好きですから 憑依されてしまうのです♪♪♪



わたしは、元々 へんぴな星に生まれた魂です。

へんぴさゆえ 元々の周波数が 他の魂よりも 高めです^^


そのころ 内観、浄化も頑張っていたので

元々の周波数よりも どんどん上げていきました^^


だから、怒りや恐れもなくなり 憑依されなくなってきました。


波動を上げるということは こういうことです。


憑依されない人間になる。
元々の周波数に戻るということです。

産まれてきた時の周波数に戻るということです。



つづく

波動を上げるということ2です。


波動を上げると、ココロモチが変わります。


さてさて、怒りの仕組みのお話をしようと思います。

人が 誰かとお話をしていて、不快に感じるとします。

不快に感じるということは、一瞬、波動が怒りの波動に落ちるんです。

不快に感じた 0.00004秒、波動が怒りの波動まで落ちた0.00004秒



その波動に合った そこら辺をうようよさ迷っている低級霊に憑依されます.。

不快に感じた 0.00004秒後に 憑依されるんです。

憑依されるから
『バカヤロー』とか『コラー』と 言葉が発せられるのです。


すなわち

怒りの感情は、自分のものではないんです。

落ち込んだり、自分を責めて
『自分はなんてバカなんだ!』という感情も 実は 自分のものではないんです。



つづく

フルネーム鑑定


どうして、やろうと思ったのか。。。

いろいろな事例があるから これ!!とは言えないのだけれど


結婚して子供がいるのに、好きな人ができてしまった。
ツインかもしれない。



ひとつ言えるのは、ツインは相手を苦しめないということ。

苦しんでいるのは、自分がそこで苦しみを感じていたいから。

すべては自分。

自分のココロモチを変えるだけ。。。

簡単に言えば、波動をあげるだけ。


自分と向き合って、エゴを浄化すると言うのは簡単なの。
自分と向き合える状態になるまでにするのが 努力がいるんです。


わたしは それを『チャクラオープナー』で 自分の波動を整えて、向き合える状態にしていきました。

器械に頼りました。

器械に頼って、自分の波動を上げました。

でも、最大に上げるのは ツインに逢うこと。


ツインに逢えば、スルスル上がる〜。

互いが、スルスル上がる。

でも、わたしは器械に頼った。


ツインに逢ってから、温泉三昧したり、
本屋さんで美術書を観ながら、上げたり
美術館に行ったり。。。

いろいろなことをやって波動を上げて

自分に向き合える状態にしていきました。




つづく

わたしは 人をジャッジする傾向が強いのですが

最近のわたしは そういう思考になろうとすると 頭の中に雲が現れて その思考のじやまをします。

そのため めんどくさくなって 考えなくなります。

そうやって、自分に必要のない思考は 徐々に働かなくなってきています。

そして今 その思考と入れ替わるように、魂の衝動が表れてきています。

思わず、口から飛び出る、手、足が出ます。


思考で身体が動くのではなく、魂の衝動で身体が動くのです。



スピリチュアルでは、よく真実の愛は見守る愛だと言われます。


だけど、わたしの魂はそうそう出来がよくないようです。

魂の部分は 神に近づくように 努力をしていますが そこに 肉体をまとっています。


だから、魂の衝動で 手足、口が出ます。


肉体があるから
人間であるから

つい、出てしまいます。

思考は働きません。

手足、口を押さえる思考は働きません。




今、この地点に立って思うことは


肉体をまとっている限り、人は神にはなり得ないのではないかということです。


いくら、神でも 手足口が付いていたら 魂の衝動があると思うんです。



また、人に奉仕する心は誰にでも あると思うのです。

自分を犠牲にしても他者に奉仕したいという人がいらっしゃいます。

その場合には 己れの魂からの衝動なのか 思考からなのかを 検証されるといいでしょう。

思考からの場合には 根底に 『 人から認められたい』という気持ちがある場合があります。

そんな方は その気持ちと向き合って解放させてから 奉仕の実践をされるといいでしょうね。


それにしても

奉仕の気持ちはとても尊いものです。

だから、どんな場合でも ダメだというものではないと思います。


思考からの行動は ストレスのない程度にするのが 望ましいように思います。


これは わたしの場合ですので すべての人に当てはまるものではありません。
だから ご自分で 信じていることを信じてくださいね。

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