この世界にあるすべてのものは感謝するために存在するbyままのまま

わたしは、地球にグラインドしています。 わたしの意識は地球に同調しています。 わたしの想いは地球の想いです。 わたしの叫びは地球の叫びです。 わたしの言葉は地球からのメッセージです。 少しでも、みなさんに 地球の想いを感じていただけたら幸いです。

カテゴリ: 配慮すること


幼少期から今の人生を振り返り自分を見つめる。 

これまでの自分の相手とのやり取りを振り返ると、今まで関わってきた人との出来事が思い出される。 



自分は相手に誠実であったか?自分勝手でなかったか? 
また、逆に 人から傷つけられたりしたことはなかったのか? 


ひとつひとつ思い出されてきました。 



わたしは、誰にでも誠実ではなかった。 

なぜなら、自分を傷つけてきた人には誠実にはなれなかった。 

たくさん裏切られてきたから。 
裏切られてきたというのは、わたしの思い込みもある。 
だけど 裏切られた人をその後、信頼はできなかった。 



人は一度、傷つけられたり裏切られたら信用できないものなんだなあ。。。 



今までわたしはそれを許そうと努力してきたし、また、一旦は自分が裏切ってしまった相手に対し誠意を持って接してきたけれど、それはなかなか難しいものでした。 



それはやはり、

『一度、傷つけられたり裏切られたら信用できないもの』なのだと思う。
 

そう考えると、 人は自分を永遠に裏切らない相手を探しているような気がします。 


そして そういう相手が見つかったら、人を許せるようになるのかもしれないと考えるようになりました。 


それが、ツインなんちゃらというものなのかもしれない、とも思います。 


でも 本当は、自分を裏切らない相手を探すよりも  絶対に裏切らない自分自身と繋がることで、裏切らない相手と出逢えるのだと思うのです。 



さきほど 一旦は自分が裏切ってしまった相手に対し誠意を持って接してきたと書きましたが、それが難しいと感じたのは 相手が自分自身と繋がっていなかったからだと、理解できました。 


これに関しては、ほんと苦労してきました。 

犠牲的精神になったこともあります。 

ここまで 愛を注いでいるのになぜなんだろう?と悩んできました。 

それは、相手が自分を見つめる状態ではなかったこととわたしが相手の領域に入り込んでいたからだと思います。 


とんだお人好しです。 


うぬぼれの強いお人好しです。 



今は、やっとそれを客観的に観ることができたため、理解できたように思います。 


そして これからはその相手との次のステージがやってきています。 



わたしは、理解できたので キッパリと離れることができました。 


しかし 相手は、相手であるわたしを許したいがため何かと引っ張ります。 

でも 自分自身と繋がらない限りわたしを許せないのです。 


だから 引っ張られても そこに意識向けないようにしたほうが良いんだとわたしはわかりました。 

その方が相手のためになる。 


以前のわたしは、いちいち相手していたように思います。 


それが相手の成長を阻んでいたんだなあと思います。 




また 昨日の記事でも書いたのですが、わたしを羨んだり自分の正義感を振りかざしたりして念も飛ばしてきます。 


とにかく、わたしに対してアピールしたいのです。 


それは、認められたいというよりもわたしを信頼したい表れだったんだなあ と感じました。 


信頼したいけど信頼できない。一度、わたしに裏切られているから。 


心の傷がそうさせるのです(でも、最初に傷つけてきたのは相手ですが)。



だけど、真には、信頼したい想いがあるのです。 


自分が傷つけてしまった相手ではあるけれど、相手に意識を置かないことで相手を幸せに導くのなら、その方がわたしにとっても相手にとっても最善の方法なんだなあ と思います。 





わたしのように、念を飛ばされている人もいらっしゃるかもしれないと思い、書かせていただきました。 


慮ることは奥が深いですね。 





あと 覚醒をしたとしても、このように 相手を思いやることができるわけではないようです。。。




見える世界でも このように、いろいろな次元に意識を起く(グラウディング)ことで、
見えない世界にでも意識を置くことができるようになります。



物事は何事も順序が必要です。



順序を飛ばして、見えない世界に意識を置くようになるから、現実が生きられない 慮ることが出来ない人間になるようです。


無理な覚醒は、現実を生きられない人間をつくります。



気をつけましょう。

目先のことばかりを追わずに、もっと 高い場所から観てみましょう。



すると 今まで、見えなかったものが観えてきます。


そうしたら、意識をそちらに向けましょう。


どんな感情がわいてきますか?


いろいろな場所に意識を置くことができると思います。


その中には、悲しいこと 楽しいこと、面白いこと さまざまなことがあるのだと思います。


笑ったり、泣いたり さまざまな感情を体験すると思います。



だけど、

ひとつの場所に意識を置いていると 泣いたり笑ったり忙しいですが


楽しい場所、悲しい場所、同時に意識を置くと、感情が表に現れなくなります。


それが 慮ることです。


両方に意識を置くから、できるのです。



相手の立場を考えて行動するとは、こういうことなのです。


慮ること。


それが 配慮というものです。


また、多次元に生きるとはこういうことです。



宇宙的になることではないのです。



配慮する、多次元に生きるには 常に、高い視点を持つ必要があるのです。

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