この世界にあるすべてのものは感謝するために存在するbyままのまま

わたしは、地球にグラインドしています。 わたしの意識は地球に同調しています。 わたしの想いは地球の想いです。 わたしの叫びは地球の叫びです。 わたしの言葉は地球からのメッセージです。 少しでも、みなさんに 地球の想いを感じていただけたら幸いです。

カテゴリ: 現実を生きる

いつかお金のいらない未来になると言われているけど、いつかであって今じゃない。


いつかを夢見て生きるのは馬鹿げていると思う。


今はまだ、お金を必要とする世界で、お金で食糧を得た生活をしているならば、そこを大切にすべきだと感じるんだ。


生き続けるには、食糧は必要だし、食糧を得るためのお金や手段は大切だと思う。


そこを考えない生活は、生き続けることを放棄していることだと思うのです。



この世界を良くするために活動されてる方も多くいるけれど、それよりも自分自身が生き続ける行動をすることの方が重要だと思う。


命がなくちゃ、世のためには生きられない。


死んでしまったら、何もできないよ。




生きていくための優先順位を間違えないことって大事だよ。


お腹を満たすことって大切だよ。

ふと FBを開けて観てみると、 今朝のミサイル発射のことが書かれていた。



「いつまで インチキ芝居を続けるのですか〜?

ホントに飛ばしてるんですか〜?

脅すだけ脅すのは、やめてくださいよ。」



と書かれていました。



そういう人の集まりなのかな?



わたしは、この世界で何が起きているかを体感で知ることができるけど、体感も何もない人っているんだね。


危険を察知する能力がまったくないのに、簡単に人の言葉を信用する人がいるんだね。。。



命の危険を感じることができない人がいるんだね。



洗脳って恐ろしいなあと感じました。

一緒にバカなことやれる仲間が一番、楽。


自分をさらしても、悪く言われることもないし、少々、口すべっても笑って許してもらえる。


そんな人たちと居られるのは最高だと思う。


人の目を気にしなくてもいいし、許しあえる気心知れた仲間。


好きなこと話して、好きな遊びして、わかり合える仲間。




わたし、思うんです。

こうやって 気心知れた仲間と一緒に過ごしている人たちって、閉鎖的だなあ って。


自分の仲間と信じている人としか打ち解けないし、自分を認めてくれる人しか話しをしないのです。





わたしは、誰とでも話をします。

相手との壁をつくらないです。



でも 仲間、仲間って言ってる人たちって 他の人には壁をつくるのです。


自分の仲間と仲間じゃない人と分けるのです。




自分の中のこだわりが仲間とそうじゃない人を分けているだけで 本来は、みんな同じ仲間だとわたしは思うのです。


わたしは誰に対しても意見を言うし、でも 認めることは認めて受け入れます。

そうやって 仲良しを増やしています。



仲良しごっこするのではなくて 自分の価値観と相手の価値観で本音をぶつけあうことって大切だなあ と思います。


だから 意見を言うのを避けている人を見ると、無性に腹が立ちます。


言いたいことがあるなら言えよ! 根性なし!

って思います。



自分の意見をロクに言えない人っています。


わたしは以前、そういう人間だったから、わかるのですが ズルいのです。

言わずに済まそう、って自分と相手との関係を 仲良くしよう!と真剣に考えてないのです。


結局、自分に何か負担を背負うのが嫌なんです。

人の想いって重いじゃないですか?


人の重い気持ちを背負うのが嫌なんですよ。


『愛』されたくないんです。



そういう人たちって、愛されることや愛することを真剣に考えてないから、わたしは無性に腹が立つのだと思います。



わたしは誰にでも真剣に愛しますから。


だけど、その土俵に乗らない。

愛されたいくせに、愛されることから逃げてるんです。




誰よりも愛されたいのにね。



そういう人たちに限って、自分は愛ある人間だって仲間で誉めあっているんです。



ちゃんちゃら、おかしいわ。



これからは、誰もが、現実を見せられる世界になっていきます。

無邪気というのは、邪気のない様を指しますが、無邪気さゆえ やって良いこと悪いことの区別がつかないことを無知と言います。


無知とは、知らないこと。知識がないこと。知恵がないこと。おろかなこと。


このように 無邪気は無知を呼ぶのです。



無邪気さだけでなく、智恵をつけましょう。

人間だもの。

こだわりがあってもいいと思うよ。




最近の人を見ていると、こだわりのない人も多いね。
おおらかというか抜けてるというか、そんな人たちも見かける。


だけど 未だに、こだわりをコテコテにつけている人もいて、いろんな人がいていいと思う。



互いに、交わらないようにしていたり 互いに、批判したりしてるね。



それはそれでいいと思うよ。



こだわりがなくなると 確かに生きやすくなるけど、人間関係はあっさりしてくるね。


わたしはベッタリな人間関係も悪くないと思う。


人を思いやることや親切にすることは、人と関わらないとできないことで また、経験も必要だから あっさりした人間関係は人間関係を築くというよりもただ、出会うだけだと思う。


わたしは人間関係は築いていきたいって思うの。
通りいっぺんの付き合いはしたくない主義なのです。



ただ 自分のこだわりを人に押し付けなきゃいいと思うだけ。


わたしがいくら通りいっぺんの付き合いはしたくない主義でも相手にとっては無駄だと感じるかもしれない。


それでもわたしは人に関わりたいと思う。



何かにこだわるのは、そこに何かもっと他の想いが隠れているんだよ。


隠された想いを知ることって大切だね。

現実的に お金の面で頼らなきゃいけないのに、その人から離れて生きていけるわけないじゃない?



現実的に 今の仕事を捨てて 違う仕事を見つけて生きていきたい!って考えるのは地に足がついていないってことじゃないかな?


現実的に いくら好きな人が出来たからって 今、苦労を共にしている人と離婚したいってどうやって生きていけるのだろう?


現実的に考えて、リスクは付き物なのです。




なんとかなるさ♪と甘い夢を観るのもよいのかもしれないですが、リスクは付き物です。



リスクを考えるから動けない。




リスクを考えていたら動けない
という考え方もあります。




それは 本人に、どこまで肝が据わっているか だと思うのです。



リスクを考えた上で行動できればそれで良いのです。



人が自由に生きているからといって、リスクがないわけではないのです。


制限がないように見えても 何かしら制限を受けて生きているものです。



隣の芝生は青く見えますね♪

だから、スピリチュアルな人間って嫌なんだよ



信じるって何を信じる?

信じる矛先を間違えてる


信じるのは『自分自身』


人が何かを仕掛けてきてくれるのを信じるのではなくて
自分の力を信じるんだ。



自分の力を信じるから、行動できるんだよ。



絶対に大丈夫だという自信



だから、自ら 動くことができるんだよ。


そのための自信



自分を信じる。


信じて進むだけ♪

どうして こんな 『世の中 そんなに甘くない』ことをいちいち書いてるかといいますと

世の中 そんなに甘くない って思うことが悪いと思っているからです。



ちまたのスピリチュアリストさんたちが 真しやかに 間違った情報を流しているからです。



間違った情報は正さなくてはいけません。


ちなみに、正すとは


そのことを中立に見て、判断することです。



中立に見て判断する=正しい


だから、正しいことはあるのです。


間違っていることは 中立でない様を言います。
歪み、乱れがあるのです。


覚えておいてください。

結局

世の中 そんなに甘くないことない♪

と思っている人たちは 意識的にすっ飛んでいるのだと思います。



確かに 自分の潜在意識にないことは自分の現実をそのように作り出しますが わたしたちが生きている地球には まだまだ 潜在意識に負の感情を抱えている人たちが多く存在します。


その中で 自分の世界は、薔薇色よ〜♪とすっ飛んでいたら それは ただのアポ(小さい丸は取ってください)と言うものです。


自分の世界だけで生きているならそれでいい。


そんな人に限って 使命を口にする。


世のため人のための使命があるなら 自分の世界にひたっていることは 魂に背くことではないのでしょうか?



使命を口にするなら 周りを見渡してください。


意識を上げてください。

世の中、そんなに甘くない

と思っていたら


世の中、そんなに甘くない という現実を作り出すようです。



だから もっともっと 心を軽くして 負の感情を浄化することで


世の中、そんな甘くないことない 世界を作り出すことができるのです。



潜在意識にあることは現実を作り出します。


だから 潜在意識の書き換えをしましょう ということも言われる昨今です。


しかし

人には最低限のルールがあります。



そこから逸脱したものは それなりの宇宙の法則が働きます。



だから やはり、世の中 そんなに甘くないのかもしれません。

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