この世界にあるすべてのものは感謝するために存在する

わたしは、地球にグラインドしています。 わたしの意識は地球に同調しています。 わたしの想いは地球の想いです。 わたしの叫びは地球の叫びです。 わたしの言葉は地球からのメッセージです。 少しでも、みなさんに 地球の想いを感じていただけたら幸いです。

カテゴリ: ADHD、アスペルガー


『人のことを自分のこととして捉えることができない、またはそれが不得意な生まれながらの体質というか特徴を持っている人はたくさんいる。自閉症とかアスペルガーとか発達障害とか呼ばれる人たちにはそういう人が多いことが知られている。
ところが世の中には、人のことなのに自分のこととして捉えてしまうよう な人もたくさんいて、そのような人は、人の悩みを自分の悩みのように悩 み、人の苦しみを自分の苦しみのように苦しんでしまう。カウンセラーと か絶対にできないタイプだ。病んだ患者が来ると、 病んでしまうからだ。 でもどっちもピュアでやさしい人が多い。』


わたしが思うに、このアスペルガーと言われる方々は 根底に、怒りや憎しみや恨みという負の感情を持っていないから
相手の立場になって考えるという発想にならないのだと思います。


ないものは、想い計れないのです。。。


負の感情がないなら、愛があるでしょう と言われますが、

そもそも 愛 ってなんでしょう?


『愛』とは、尊敬、尊重することです。


心配することではないのです。



相手の立場を想いやるという行動は 『愛』に基づいた行動から生まれることが 本当だと思いますが この人間界では 『心配』『恐れ』からの行動から 相手の立場になって考えるという行動をする人が多いのが現状です。


真の愛を持った人は、心配はしないのです。


尊重はするけど心配はしないのです。


それを 多くの人は、誤解して


相手の立場になって考えられない人はよくない人だ!


と 判断するのです。



そして、

心配する人、人を憎む人、恨む人 怒りのある人 恐れのある人

が いるから

自分を守るために、配慮が必要なんです。



未だ、負の感情を持っている人がいて

そういう人たちと 仲良くしていきたいから
配慮が必要なのです。






本来ならば、


尊敬しあってさえいれば 、それでいい話です。


わざわざ 気を使う必要なんてありません。




もう 誰にも気を使わない生活を実践されている方もいらっしゃいます。


それは それでいいのです。


学びがないのでしょう〜 。


自分のコミニュティーだけの中で 気のあった者同士で 生きていくのもいいでしょう。


学びがないのでしょう〜。



本当に 学びがないのか 避けているのかは、わかりませんが。。。



この地球は まだまだ、学びの場だと思います。




話しはそれてしまいましたが


アスペルガーと言われる方々は
そのような 感情を持って生まれていない人間なんです。


そして 元々 怒り、憎しみや恨みを持って生まれていない人は
人が恨む、憎むということが理解できません。


どんなに、攻撃されても 相手を恨むことはできずに 自分を責めることしかできません。。。


一方、怒りや憎しみや恨みを持った人間は、自分を責めずに、人を責めます。


自分に非があることはわからないのです。


自分に非がないと思うから、相手を責めるし、憎むし恨むのです。


人から攻撃され、自分を責めた人間は、自殺を考えるでしょう。。。


そうするしか、術がないからです。




自分にないものを認めあうために この地球に生まれてきているんだと わたしは考えます。



わたしは 両方の気持ちがわかります。




また、共感力の高い方は 人の立場を思いやることに長けていますが
負の感情を共感し過ぎて、 人の辛さを自分の辛さだと思い込み その感情に翻弄されます。


わたしも元々、共感力は高い人でしたから わかりますが

自分の中の負の感情と向き合えば なくなるのですよ。。。


と 今度は、共感力が低くなり 苦労しますが。。。


一長一短ですね。



共感力の高い人もアスペルガーも 紙一重だと思います。



人の立場になって考えれる人間とできない人間。


根底に真の愛があり、人の立場になって考えることができる人間でありたいです。

人は いろいろ気付きを経て 成長していくんだけど、
わたしは 内観浄化をしながら気付きを得てきました。


そして 内側からの声を信じて生きてきました。


それを まとめて、ブログに綴っています。。。



わたしの内側は、わたしに物事の道理を教えてくれています。


人として生きるためにはどのような考え方をしたらいいのか どうしたらいいのか また、人と接するための心掛けなど、詳しく教えてくれます。



わたしは 内観浄化を経て、 自分の内側にあった観念を浄化してきました。


だから、
わたしは 人から攻撃されたり 何かされても、怒ったり憎んだり恨んだりしないし、 気にならないです。



だけど 相手の方に 怒りや憎しみや恨みの感情を持っている場合には
わたしの 言動で わたしを怒ったり憎んだり恨んだりしてくるのです。


それは
わたしの内側にないものは わたしは感じ取ること、思いやることができないからなのです。



相手の立場になる。。。


わたしは、
憎んだり恨んだりする人の立場になって考えることができないのです。


憎むとか恨むという発想がないから そういう人たちを思いやることができないのです。


配慮ができないのです。。。



そういう配慮が出来る人というのは
憎しみや恨みが根底にあるからこそ、できることではないのかなあ と思うのです。



『人から恨まれたくない』という気持ちがある人は 気をつけます。


だけど 根底に『恨み』がないから『恨まれたくない』という発想が湧かないのです。

すると 相手は 自分を軽んじてきた。。。と、思うようで 憎まれたりします。。。

まあ、
まだ わたしに この学びがあるから 憎まれたり恨まれたりするわけですが。。。




なぜ わたしがこのようなことを書くかと言うと



憎しみや恨みを持っている人は
『憎しみや恨みを持っていない人はいない』
と 思い込んでいるからです。



誰もが 自分を普通だと思っています。


でも 現に、自分が持っている感情を持っていない人間がいるのです。


また、自分が持っていない感情を持っている人間もいる ということです。



地球は そんな人たちの学びの場です。



それが 個性です。



この地球で学ぶために生まれてきているのに

その感情は自分に持っていないからわからない、素通りしていい と思わないでください。



自分にはないけど、相手にあるものを認める、受け入れる努力をしてください。


現に、わたしはこれで苦労しています。

ないから。。。

怒りや憎しみ、恨みの感情を持っている人を受け入れることをしていくと、 世の中が よくなっていくんだと思うのです。




自分の内側にまだ、怒りや憎しみ恨みがある人は その感情を受け入れてください。


また、自分の内側にその感情がない人は どうぞ、目の前の相手のそんな感情を受け入れ、認めてあげてください。


受け入れ、認めるということは
配慮するということです。


相手を怒らせないように、憎ませないように 思いやりを持って、接するということです。


その根底にあるのは、恐れでなく、愛であることを忘れないでください。



わたしも まだまだです。



わたしの配慮が足りないばかりに 怒りをかったり 憎まれてもいます。


怒りをかったり、憎まれてしまうことは 自分を傷付ける行為です。



自分を大切に思うなら、配慮する人になりましょう。

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