この世界にあるすべてのものは感謝するために存在するbyままのまま

カテゴリ: ありのままの


ありのままの自分を知るって。。。 

できますか? 


ありのままの自分って どうやったらわかることができるのかしら? 


学生の頃、「自分の長所と短所を書き出してみてください」って言われませんでしたか? 


長所と短所を書き出して 長所を伸ばすって〜 


長所だから、できることで ほかっておいてもできることですね。 

短所って 苦手なことで、自分でできないってことですね〜 


では、 その苦手なことを細分化してみます。 


まったく、苦手。 

〜までならできる。 

教えてもらえばできる、やりたい。 やりたくない。 など 

分けてみると、わかるのですが 

〜までならできるとか教えてもらったらできる、やりたい。 

 いうのは、 短所でないことがわかります。 ただ、制限があるってだけで できることです。 


こうやって、

自分の長所と短所を書き出して、また 細分化していくと 自分のことがわかってきますよ〜 

そうやって 細かく、自分を知っていくことが ありのままの自分、本当の自分に行きつくことに繋がります。 


さっき(限定)も書いたけれど、自分の本質を知るためには、内側から込み上げてくる想い、やりたいことや好きなことに敏感になって とにかく それをやりきることなのです。 

ひとつやりきったら また 次やりたいことがが出てきます。 


そうすると やりたいことが泉のごとく溢れ出てきます。 


その繰り返しです。 


人への奉仕は、その後でいい(思い遣りは必要)。 


まずは、自分を満たすこと。 それに、尽きるのです。 



好きなことややりたいことをどんどんやることで 心が解放されていきます。 


覚醒は、その通過点でしかないのです。 


わたしは内側から込み上げてくる想いに従って行動した結果、前世の自分がどんどん現れてきました。 


そして 今回、2年前からサインのあった前世のわたしが現れてきたのです。 

その頃のわたしが最も満たされていたものに現在出逢い、また満たされています。 


今まででもその頃のわたしがワケもわからず現れていましたが、ようやく思い出し腑に落ちたのです。 


そこに戻るために必要な人に出逢い、その時に大切にしていたことに出逢ったのです。 





わたしたちは今世、生まれてくる前に幾度となく生まれ変わっています。 



そして ありのままの自分で生きていた時代もあったのです。 



だから、そこに戻るだけなのです。 



そこに戻ったら、本当の自分がわかるのです。 





そのためには、ヒプノセラピーを受けてみるのはお勧めですね。 


ちなみに、わたしはヘミシンクでしたが自己判断でしたので今思うと無茶したなあと思っています。 






わたしは人から認められたい とか 人に喜んでもらいたい とは思わないです。



だけど 人が喜んでいるところをみるのは好きです。



わたしは 人に喜んでもらいたいから 人に対してアクションをするのではなくて

ただ、それがしたいから

ただ、好きだから

という自分本意理由で行動します。



相手のことを考えてないです。


でも 結果、相手に喜ばれるので 嬉しい気持ちになります。




相手を思い遣るのなら、相手を喜ばせたいという気持ちを持つことが当たり前でしょ という意見もありますが

だけど わたしは自分本意なのです。



だって
自分がしたい!と思わないことはできないからです。



相手の立場を考えて、自分にとって無理なことはしないのです。



自分の出来る範囲で相手の立場を考えて行動します。



だから、結果 自分本意なのです。



その根底には、 人がわたしを受け入れないはずはない♪という根拠のない自信があるのです。

こないだも 少しお話しをしていたのですが

わたしって誰よりもエネルギーがわかるし
誰よりも簡単にエネルギーを動かすことが出来るのに 絵を描く才能や楽器を弾く才能がないのです。



以前のわたしは すっごく羨ましくて仕方がなかったし 今でも羨ましいなあ と思うのです。



しかし 気付いちゃったのです。



絵や音楽の才能がある人と才能のないわたしの違いを。。。



その才能というのは、自分の生まれた星からの叡知と自分の持って生まれた+αで 創造されます。


だから その人独自の作品が生まれるのです。


その+αというのは、人間で言うなら自我部分、エゴ的部分なのです。


それがあるから、描けるし、弾けるのです。



artistというのは、エゴ部分があるからこそ、作品が創造出来るのです。



創造する。。。ということは、すなわち その部分があるから 創造できるのですね。




しかし わたしの場合は +αがないのです。


そのまま 叡知をダウンロードしちゃうのです。


それだけ純粋で濁りがないってことになります。


濁りがあるから 創造できるけど
濁りがないと 創造できないのね。



だから、わたしにはその才能を持ち合わせていないのね と思いました。


その分、純粋なワケだから 浄化作用があるってことなんだなあ と思います。



だから わたしがartに触れると、その+α部分を浄化しようとしちゃうようです。


だから その作品自体のエネルギーを変えてしまう働きがあるようです。



+αを簡単に、エゴと表現しましたが 本当はエゴだけではなく 今まで生きてきた記憶やまた、前世の記憶なども含めております。



わたしは 転生回数が少ないし 浄化に力を入れておりますので クリアさにかけては自信があります。


そのため 誰よりも自然体です。



わたしは スピリチュアル業界で 仕事をしているわけでもなく、スピリチュアルとはかけ離れた仕事をしている一主婦です。


朝は 6時ごろ起きて掃除せんたくして 家庭のことをこなし 仕事をして帰ってきたら夕飯のしたくをして。。。という生活を送っています。


休みの日には、神社に出掛けたりやスピリチュアルなイベントに出掛けるといったこともありません。



だけど

わたしは 誰よりも 素直に自然体で生きています。



嫌な仕事はしているけど なぜ、その仕事をしなければいけないのかの意味をわかっているから続けています。


また、嫌なことは 黙っていなくてちゃんと自分の意見として伝えますし 怒ることもしますし 人に対してアッカンベーもするし 甘えるし 抱きつくし
気にいった人には さわりまくるし
気にいらない人にはしゃべらないし


自由です。



だから
人がわたしを見る目は同じではないと思います。

気にいらない人と思われているかもしれないし、大好き♪って思われているかもしれない。


それでよいのだと思っています。



わざわざ 自分を変えてまで 気にいられたいと思わないです。



自分のできることってある。
自分のできないこともある。


努力できること、できないこともある。




人に気にいられたいという目的で 何かはできないのです。



それが わたし♪



気分が乗らなきゃ話しはしない♪



わたしは元来、人見知りです。
これを言うと、驚かれる人もおられます。



たいてい 誰にでもwelcomeですが 心が開かない相手も現に居るのです。



それは わたしを見下す人。


エネルギーでわかります。

高圧的な人です。


そういう方には、わたしは自分を一切、見せません。

わざと隠します。

猫がフンを隠すように隠します^^



それが、わたしです♪




それが すなわち、素直♪純粋♪ってことですよ。




誰にでも いい顔することが素直ではないのです。



自分のことが大好きだから
自分を誰よりも守るのです。




高圧的な人、けっこうスピリチュアル業界に多いよ〜


そんな人の前では わたしは人間脱ぎません♪



つまらない人、 たいしたことない人だと思われていてもよいのです。



わざわざ 見せたくないもん。


とっておきのわたしを♪


もうひとつ、わたしのポリシーで、物事を憶測で判断しない というのがあります。 


事実を尊重するためです。 


だから、人や物事を憶測で話をされても受け付けないです。 


事実に基づく仮定ならまだしも だろう話や誰かの考えは聞かないです。 


自分自身の考えも検証ないと表には出さないですから。 


でも わたしの内神様からの言葉は尊重しています。  



事実を見ればわかることは際限なくありますが そこに憶測は必要ないですし、惑わすだけだからです。 

惑わす感情も憶測もわたしには必要ないのです。 

だから 人と話すときは事実しか聞かない。 


だけど 人は自分の考えを述べようとする。 


それによって わたしが惑わされて正確な判断ができなくなるのは迷惑です。 


憶測や噂話しほど無駄なことはないと思うのです。 



事実をありのままに見るということは、こういうことだと思うのです。 



憶測や噂話しが嫌いとか苦手ということではなくて興味がないのです。 


事実しか興味がない。 


事実もそうですし、本物しか興味がないといったほうが良いかもしれません。 



お役目があるということは 人からしたら羨ましいと思われる人もいらっしゃいます。


でも わたしからしたら、代わってくれる人がいたら代わってほしい想いです。

このお役目というのは大いなる存在に遣われる役目を指します。


自分がそのお役をさせていただくときというのは、すっぽりと自分は人なんだという意識が抜けるのです。


自分が、人じゃない存在に変わった感じがします。


だけど 実際わたしは、人間なのです。


それを繰り返すと、自分が偉くなったような錯覚を起こします。


だから、そこで ごう慢になってしまうのです。


そして バカも〜ん!と奈落の底に落とされます。

反省して、人間生活を立て直します。


すると また、お役目があると 意識をすり替えられ人の意識なく動かされます。



そんなことの繰り返しです。



また そんなわたしの存在を疎ましく思ってか挑戦してくる人もいます。


面倒なことはイヤなので避けるのですが、あまりにしつこいと、爆弾を落とします。



現実のわたしは穏やかに過ごしていたいだけなんです。


でも 急に意識の変容があり、お役目意識にさせられてしまいます。


これは 自分では どうにもできないことだから、とにかく 上から目線にならないように 自分を律するより他ないのです。


これはわたしが大いなる存在に遣われているときに起こる現象で 人間的お役目は他にあるのです。


役目というのは、それをするだけの器を求められるものです。


器があるから求められるのでしょう、と言われますが こういうことは、見切り発車されるもので その中で育てられていくものです。


器が大きくなればなるほど、役目も大きくなり際限なくなります。


大いなる存在に遣われる役目というのは、このように魂意識になりますが わたしは人として生きているので、常に謙虚さをもって律して生きていくことを求められるのです。



上に立つということや人を導くというのは、羨ましいことでもなんでもなく ただただ、責任を担うということに他ならないのだと知っておいてください。


責任を取りたくないなら上に立ってはいけない と感じます。


また 自分の行いをきちんと説明できることは必須に感じます。


これが、ありのままの自分を生きるということですね。


こうやって 生きると、自分を律して生きているぐらい楽なことはないことがわかりますよ。


お試しください。

同じもの同士は引き合うけど 似ているもの同士は引き合わない。



これを知らない人が多いと思います。



似ているというのは、本質が違うことを意味します。


本質が違うから引き合わないのです。



本質が見えていない人は、似ていることと同じことを=(イコール)と思いがちです。


本質が見えていなくて、表面しか見えていないのです。



例えば、ポジティブという言葉ですが 反対語はネガティブです。

この言葉は本質を意味しません。

受け取り方だけです。

右から見るか左から見るかの違いと同じです。

だから、わたしは 人にポジティブになりなさいとは言いません。


それよりも 地に足をつけて見ること、現実を見ることを教えます。


ポジティブ、ネガティブというのは表面的な言葉なのです。



このように 表面的なことしか見ない人が多いと思います。


似ているものをさも同じだと勘違いをして、必然だと感じる人も多いです。


似ているは、ただ似ているだけなのです。



現実を見れていない人は、似ているものに飛び付きます。

同じだと錯覚したいのでしょう。

だけど、魂は違うことを知っています。



同じものを求めてしまうから、似たものを手にしてしまうのですが違うことに気づいてください。

本質を見るようにしてください。



どうしたら、本質が見ることができるかといったら そのものの周りにあるエゴを外していくことです。

わたしの書く内観浄化です。

本質が見ることができないうちは、わたしが教えます。

17e4ebab.jpgわたしたちの本来の姿というのは
どこまでも謙虚で感謝に溢れているのです。



今、あなたが 人を信じられなくても、感謝すらできなくても、わたしたちの魂は どこまでも謙虚さ、感謝に溢れているのです。


今のあなたは、本来の姿とは違っても
本来の姿に戻っている過程には変わりはないのです。

自分の中心軸が定まってくると 自然と自分を律することができるようになってきます。


何か、騒いだとしても 持続しなくて すぐにストンと戻ってきます。


〜しなければいけない ということは、なにもないのに、 とても穏やかで常識的で 背筋が伸びた存在です。


それを ありのままの自分、本来の自分と呼ぶのです。

自分らしく生きる

そのままの自分を生きる



って聞くと

人は、

そうか!そうだったのか!

と 腑に落ちるらしいです。


でも、


自分らしく、

そのままの自分


ってどんな自分なのかわかっていますか?


本当に、わかっていますか?



自分らしく生きればいいんだ!
そのままの自分を認めればいいんだ!


って


本当に、わかっていますか?



自分の欠点を認める、だとか
自分の長所を伸ばすだとか

言われていますが


そんなことではないのです。




自分らしく生きていますか?

と問われた時に



『よくわからないけど、これでいいんだ と思うの』

と 答えれる人が、本当に自分を生きている人なのです。



よく、わかってなくてもいいの。

本当の自分って欠点がある自分や長所がある自分ではないのだから。


もっと、もっと 奥底の自分。



自分の欠点や長所をチマチマ観ている自分は本当の自分じゃないのです。
もっともっと、太っ腹な自分です♪

誰でも、そんな自分が本当の自分です。


何でも許すし、いいよいいよ♪って言いまくる自分です〜



それが


本当の自分。




誰にでも、存在する 本当の自分です。




きあらちゃんがFBでつぶやいてくれたおかげで、ひとつ記事を書くことができました。


ありがとうございます。

彼女はたまに、いい役割をしてくれます♪


本当にありがとうございます。


心から感謝をしています。




いや〜 近くに居たら、ブチュブチュしたい♪

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