この世界にあるすべてのものは感謝するために存在するbyままのまま

わたしは、地球にグラインドしています。 わたしの意識は地球に同調しています。 わたしの想いは地球の想いです。 わたしの叫びは地球の叫びです。 わたしの言葉は地球からのメッセージです。 少しでも、みなさんに 地球の想いを感じていただけたら幸いです。

カテゴリ: 認めることと受け入れること

見守る愛と勇気を与える愛


人間という外側の奥には、全知全能という魂部分が控えているから 


『怖れるものは何もない。 出来ないことは何一つない。』 

と、思えるのですが 


この想いって、完全ではなくて、
できないことは何一つない。。。という想いは、 

『すべてを受け入れます』という意味でもあるのです。


だけどね 
すべてを受け入れることができるから、全知全能なわけではなくて 
引き受けない強さもないと全知全能ではないのです。 



『すべてを受け入れる』って女性性で 『引き受けない』のは男性性なのです。 



『すべてを受け入れる』想いと 『引き受けない』想いの奥にあるのは、 

『すべてを受け入れるから引き受けない』という想いで 

『全知全能』というのは、『すべてを受け入れるから引き受けない』という意味なのですね。



『すべてを受け入れるから引き受けない』 


だから、 


見守れるし、待てるのです。 



見守る愛です。 


見守る愛って全知全能という意味なのです。 


これが女性性と男性性の統合されている状態です。 

そして、エネルギーとして発現されてる時には、勇気を与える愛になります。 


見守る愛と勇気を与える愛はセットなのです。 





まずは気づきと書きましたが

まずは

自分をありのままに見ることについての気づき

相手をありのままに見ることについての気づき

二種類あることに気づいていただけたと思います。

一般的に

自分が気づきを得ることを覚醒と呼ぶ方もいらっしゃいますが ただの気づきです。

しかし 自分のありのままの姿がわかったところで 相手のありのままの姿がわからないと うまく人間関係は築いていけませんね。

自分も相手も同じように ありのままを見ることができるようになることが必要となってきます。

それをワンネスと呼ぶこともあるようです。

しかし ワンネスとは、相手と自分の隔たりがないことを認識することを指します。

そこは 魂レベルで です。

実際には わたしたちは別々の肉体をまとっていますから ワンネスを体験しようが わたしたちは別々の人間で それぞれの立場で生きている人間です。

ワンネスを体験した方は それぞれの人間的立場を見ない傾向があります。

それが よけいに人間関係を悪くします。

気づいた人、気づかない人と分けて考える人もいます。

気づきなさい!気づきなさい!と 声を張り上げる方も見かけます。

ワンネスを体験していない方にとっては、迷惑な話です。

気づきというものは 自分の速度で経験していくものだからです。

ちょっと 自分が気づいたぐらいで 相手の立場を考えず わきまえない行動は ワンネスに基づく行動とは言えないものです。

気づいたなら ひっそりとして 自分の学びを深めてください。

気づいていない人を思いやることができない自分だと認識をしていただきたいと存じます。

気づいただけ、認めただけの人間だと自覚することが必要なのです。

気づいただけでは、相手の立場になって考えて行動ができないことをよく認識していただきたいです。




このように 気づいたからと 気づきなさい!気づきなさい!と 気づきなさいと触れ回る人ほど ありのままを見えていない人だと言うことです。









これで 『受け入れる』と『認める』の違いをわかっていただけたでしょうか?


最終的に『受け入れる』ためには、まずは『認める』ことからです。


『認める』認識をする、気づくことです。


気づきを得るためには、心や身体を柔らかくすることですね。




認めるは

物事を、ありのままで見ることです。



感情を加えて見ないことですね。



『認める』と見方を変えることができますね。


認め続けると 高い視野で物事を見ることができます。



物事をありのままで見た状態で
自分のありのままの立場でできることをします。




これは いろんなパターンがあるので ここには書くことができませんが
メールアドバイスやフルネーム鑑定なので 具体的にお話しをさせていただいております。


また わたし自身に起きたことは 具体的にブログ内で書いています。





人って穿った見方をしてしまうものなので
わたしに現状を教えてくださることで
物事のありのままの姿は こういうものだよ とお伝えさせていただいております。



心の素直な人は 物事をありのままにとらえることができますが
素直でないと 物事をねじって見るので 物事の本質がわからなくなりますね。


何故 その発想になるかわからない と感じることは多々あります。



この物事をありのままに見るということを『認める』ということで 受け入れることではない ということを わたしは伝えたかったので ここまで くどくどと書いています。



ありのままに物事を見る という『認める』行為まではできるようですが そこから先の『受け入れる』という行為が苦手な人が多いようです。


また ありのままに見るという『認める』ことが最終的にすることだと思われている方が多いので くどくどと書いています。



ありのままを認めた先には受け入れるという学びがあるのです。



だから 人生は気づきが出発点だと認識をしていただきたいと思っています。



気づきは出発点です。



そして 気づきを得るために『癒し』があるのです。



癒されていないから『気づき』が起こらないのです。



癒されていないから物事をありのままに見ることが出来ないのです。



気づきを得るために 癒されることを自分に許可してくださいね。

結局


『受け入れる』=『相手の立場になって考えて行動をする』


ということだから


受け入れたら

相手の立場になって考えて行動ができる


ということです。



だから

口先だけで 「受け入れています」 と言ったところで

相手の立場になって考えて行動をしていなければ、受け入れていない証拠です。



「受け入れる努力をします」 という言葉は
「相手の立場になって考え行動をし続けます」
という意味ですね。



覚えておきましょう。



相手を受け入れたいなら、まずは 相手の立場になって考え行動をする努力をしてくださいね。




だから まずは、『認める』ことから始めましょう。


相手の立場をまず、理解してみる ことです。



忙しく仕事をしている人がお相手なら

相手に対して、そのような認識を持つことです。


彼は忙しく仕事をしている人なんだ。

お仕事を一生懸命に頑張ってる人なんだ。

と認識を持つことです。


そして そんな方のために自分は何をすべきかを考えるのです。


考えて 考えた中で 自分の立場で自分のできることをするのです。




相手の立場になって考えて行動をするということは

相手の立場を理解した上で 自分に何ができるかを考えて実行することなのです。




相手の立場になって考えたことを
自分の立場でできる範囲で実行するのです。



自分のできる範囲で実行するのです。



自分のできる範囲ということは、見栄を張らない、無理をしない、ことを指します。



自分のできる範囲は 人それぞれです。



自分のできる範囲で相手の立場になって考えて行動をしてください。



それが 


『受け入れる』であり


本当の『奉仕』というものです。

つまり

認めたなら
認めた という行動をしましょう

ってことです。

認めただけでは 自分の心のねじれは直らないのです。

行動をすることで直すことができるのです。

認めた!認めた!と口先だけで言っていても ねじれは直らない。

気づくだけでは直らないのです。

気づいたら直すのです。

直す努力をするのです。

三日坊主でなく 直し続ける努力をするのです。

信じて直し続ける努力をするのです。

相手を受け入れるということは

相手の立場になり考えることを常にし続けることです。

そうすると いつか、相手は変わっていきます。

相手の頑なな心が溶かされて変わっていくのです。

愛し続ける。

大切にし続ける。

信頼し続ける。

これが『受け入れる』ということです。

継続することですね。



継続することで ねじれがニュートラルに戻るのです。



『受け入れる』ということは

自分の間違いに気づき、その間違いを直すことです。


それは 相手を尊重する様を示します。




これは 受け入れるを論理的に示しただけで具体的ではないです。


意味がわかんな〜い と思われた方も少なくないと思います。


自分の間違いに気づくことは 認めることですね。

その間違いを直すことは 実行するということです。



『認めていることを実行すること』

それを受け入れる と言います。


相手の間違いに気付いた そのあと、教えるという行動をしなくては受け入れた意味にはならない ということです。



相手の優しさに気付いた そのあと 感謝を自分の行動で現す ということです。



相手の悲しみに共感した そのあと 涙をぬぐってあげたり、抱きしめてあげる。。。



気付いたなら それに伴う行動をしましょう


ということです。



それが『受け入れる』です。


認めるだけ、気づくだけならサルでもできる。


その気づいたら 何をしたらよいか がわからなければ 本当の気づきは生まれない。


どうやって ねじれを直したらよいかがわからなければ 行動に移しようがないですね。



思いやりを示す

配慮する

も『受け入れる』ことを意味します。




わたしが今まで書いてきていることです。



人の気持ちになって考えて気付きを得るのです。
気付きを得たなら行動に移すだけです。



気付きを待つのではなく、 自ら気付きを得るために行動をすることが 『学ぶ』ということですね。

学ぶためにそのような行動になるのです。


学びたいならば
率先して 自ら、相手の立場になって考えて行動をしてくださいね。



成長したいなら
自ら相手の立場になって考えて行動をしてくださいね。



成長したいなら
相手の言葉をよく聞いて配慮ができるようになりましょう。



相手を受け入れるということは 配慮できる人になるということです。




原理としてはこのようなことです。



だから 今まで、受け入れなさい 学びなさい 配慮しなさい 思いやりを行動にしなさい 感謝を行動に表しなさい と書いてきたのです。



わたしのブログをきちんと読んでいれば わかるはずです。

わたしが スピリチュアルにはまって右往左往を繰り返してきて 一番、大変に感じたことは 受け入れる ということでした。


『受け入れる』


この学びは とてもとても深く難しかったです。


わたしは 何でも 言葉にして自分に落としこんでいくので 受け入れる を具体的に考えていきました。



簡単に 受け入れなさい と言われたところで できるものではないのです。


『受け入れる』って 意味わかりますか?

『受け入れる』は『認める』は まったく異なりますから。


『認める』はわかりやすいのです。


認識する。

そのものを感情と切り離しありのまま、現物を見ることです。


たぶん 一般的に、『認める』を『受け入れる』と勘違いをされている方は少なくないと思います。

それは 人は変えられない と思っているからです。

実際に 人を受け入れたら 人は変わります。


認めても変わらないけれど 受け入れたら 人は変わるのです。




人は 何故、変えられるのでしょうか?


それは 自分の心そのものがねじれた状態からニュートラルな状態に変わるからです。


自分の大元、根本的な部分のねじれが矯正される、戻るからです。


人とは魂で繋がっていますから 自分の根本的な部分変われば 相手も変わるのです。



それを

『受け入れる』

と言うのです。




受け入れる ということは 自分の根本的な部分をニュートラルな状態に戻すことを言います。



要は 受け入れていない状態は 根本的な部分にねじれが生じていることを指します。


だから 根本的な部分のねじれを直した状態=受け入れている状態なのです。


わかっていただけましたか?



認めただけでは 根本的な部分のねじれは戻らないのです。


相手のねじれを認識しただけでは ただの気づきです。


自分の間違いに気づいてから、直すことをしなくては、、、、です。



それを 『受け入れる』と言います。



すなわち


『受け入れる』ということは

自分の間違いに気づき、その間違いを直すことです。



それは 相手を尊重する様を示します。



だから、尊重することは受け入れることなのです。



人を尊重しましょうね。



認める、肯定する、認識する

って 感情抜きで、そのものをありのままに見ることなのです。


感情抜き。。デス。


感情抜き

ですから

その対象物に対して、嫌だなあ 苦手だなあ 好き 嫌い 辛い等 の感情は発生しないので

心は楽です。


個性を認めるって

その対象物を感情抜きで認識することなのです。



それはそれで、いいとは思いますよ♪


感情抜きですから


楽しいとも思います。



だけど、認めているだけじゃ発展性がない。


認められたら嬉しいと思います。

だけど、認められて肯定されたら、そこに留まってしまう。


自分はこれでいいんだ、このままでいいんだ と思い、成長を止めてしまう。


変化しよう!成長しよう!と思わなくなる。



それが

『個性を認める』ことの落とし穴だと思うのです。



感情抜きで相手のありのままを認めることは大切だと思うけれど、それ以上に大切なことは


『受け入れること』

『成長すること』

『成長を願うこと』

『変化を怖れないこと』




魂は成長したいのです。
魂は変化を起こしたいのです。




だから、魂の能力を落として、自分が何者であるかという記憶をなくして生まれてくるのです。



人は変われるんだ!


出来ないが出来るに変わる時、人は幸せを感じる。

個性を認める、認めあうって言うけどね



認めるだけじゃ成長しないよ


認めるって響きはいいけど、


そのものを肯定するだけで自分の中に取り入れるわけではないのです。


相手や他人の意見などを認めて,自分の中に取り入れたり、迎い入れることが受け入れるってことなのです。



だから、認めるって ただ、肯定するだけなのです。

自分は自分、あなたはあなたという境界線を引くことであり、対等であることを意識することなのです。



わたしたちは魂においては対等ですが
人間においては 上下関係、立場があります。



だから、人間同士の付き合いは必ずしも対等ではないのです。


だから、認めるだけでは手落ちで、受け入れてこそなのです。



相手を認めるだけだから相手は心を開かないのです。


相手を認めるだけだから、相手は成長しないのです。



まずは
自分が相手を迎い入れること、手を広げて引き入れる、取り入れることが必要なのではないでしょうか?



個性を認めるのではなくて


個性を受け入れるのです。



そうしたら
相手の個性も変化します。


認めるって
魂は信頼しても、人間的には信頼しないことだとわたしは感じています。


わたしは受け入れる。


あなたを受け入れる。

すべてを受け入れて、慈しむ存在になるためには。。。


自分の内側の中にある自我と向き合って、ひとつひとつ 丁寧に感謝して、手離すこと。


自分をとことん信じること。


自分という個のパーセンテージを落として、ワンネス意識になること。




意識変革をすることになりますね。。。



自分も大切だけど相手も同じように大切なの。

自分と相手を分けて考えられなくなるの。

自分勝手な行動はできなくなります。

自己主張もしなくなります。

いいよ♪いいよ♪なんでもいいよ♪が口癖になります。

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