この世界にあるすべてのものは感謝するために存在するbyままのまま

「わたし」が今、なぜ、ここで生きているのか。 人は本来この世の中でただ一つの命として、自然で無垢な、すがすがしくも清らかな存在です。 しかし現代では、その姿を保つには相当の努力が必要なことのようです。 心身を清浄に保つためには、神や祭り、自然の力をかりて謙虚な気持ちに立ち返ることが必要です。 自分の目の前に差し出されたことを真摯に受け止めてください。 出来ないことは求められないものです。 息の本体に帰ってください。 息の本体に帰り、愛となれば、望んだことは一寸の狂いもなく叶えられるもので、望みが叶えられないのは、我が身が愛でない証拠。 だから、息の本体に帰ってください。 ご自身の「根っこ」を見極めるために、父母 をこえる存在として神や仏、自然の世界やご先祖様の存在が解ると、大きな心のよりどころを得ることになるものです。 日本の文化や風習、特に日本人のこころに脈々と受け継がれてきている信念を取り戻すことは、古くからある豊かな心をとりもどさせてくれるだけでなく、新たな価値観を生み出す大きな手段ともなるものなのです。 そのために出来ることを日々、お伝えしています。

カテゴリ: 人として生きるために


『うちは裕福なのに、どうして隣のおうちは貧乏なの?』 

そう問われたら、あなたならどう答えますか? 



誰のおうちにも様々なご事情があるものです。何かひとつだけ見て判断するのではなく全体を見ましょうね。 
また そんなことを大きな声で人に訊いたり誰彼構わず訊かないようにしましょうね。 

誰彼構わず訊くと、嫌な気持ちにされたり、あなたを配慮ない人だと判断されるので、訊かないようにしましょうね。 




このような質問を疑問に感じたらすぐに人に訊く人がおられます。 
子供ならわかりますが大人になってからでは、いかにも。。。 


大人になってからでも この手の質問を繰り返すことは無知というより他ありません。 



人が自分の内に落とし込む時には、確かに言語を使います。 

しかし、「こういうものだ!」と覚える他ないことがあるのです。 



それは、真理と呼ばれることが多いのが特徴です。 

「人の物を盗んではいけません」とか「自殺してはいけません」「人を殺してはいけません」など。 



世の中には、「そういうものだ!」と捉えることは少なくないのです。 


論理を駆使するよりも重要なものはあるのです。 


いちいち疑問に感じる人を疑問に感じる今日この頃です。 





最近では、立て直しを促されてる方が少なくないようです。 



親の立場から申し上げると、子供なら子供らしく親の言いつけをきちんと守るべきですし、大人なら自分で考えて行動すべきですね。 


親には甘えたいけど自分のやり方で生きたいは道理が通らない。 


自分のやり方で生きたいなら甘えず自立することです。 


自立とは、昨日も書きましたが、道徳心あってこそです。 


人の奥さんとホテルにしっぽりしたいなら離婚してからすればいい。 

奥さん怖くて離婚出来ないのに、好きだから一緒にいたいとホテルに連れ込むなんて自立してる男のすることじゃない。 

その上、人の奥さんの自宅まで上がり込んでおいて 人に迷惑かけない人なんていないと宣う、、、、、
頭おかしいじゃないかと思う。 


このような由々しきこと、あちらこちらで見聞きします。 


女性も女性で慎ましさもあったものではない。 


女性に道徳心や貞操観念があれば防げることは世の中にたくさんあると思います。 


わたしは女性ですし人の妻ですから女性には厳しいです。 


世間の女性を観ていると緩い人ばかりで不愉快になることも多いです。 



自分を大切にする基本は道徳心であり貞操観念だとわたしは感じています。 



まあ、由々しきことだから そのうちバレて大きなことになるのでしょうね。 

これからは隠し事が出来ない世の中になるようですから。 


あちらこちらで出てくるかもしれません。 

バレて立て直されるのでしょう。



立て直しの世の中の始まりです。 




朝、目覚めたら 顔を洗って身支度して神仏に手を合わせ、生かせていただけてることに感謝する。
そして、自分をつくっていただいているご先祖様にも感謝し、ご供養させていただく。

その後、身の回りの掃除をして 朝食のしたくをして 朝ごはんを感謝していただく。


そのあとは、家事をこなしたり 仕事や遊びに出掛けて 帰ってきたら 無事に帰宅できたことに感謝申しあげ、食事をして お風呂に入り 一日の反省と明日の予定して就寝。



簡単に書きましたが、これが 人としてより良い人生を歩むための基本です。




基本的なことも知らずにやらずに、仕事がうまくいかないと嘆いてみたり、病気になったり、心がざわついたり、、、、。


人としての基本的なことをやらずに 遊びで神社詣りしてご利益をいただけるわけがないと思いませんか?


家の掃除ひとつしないのに、外でうまく仕事ができると思うの?


これって 基本的なこと過ぎて 最近は書かなくなったけど いろいろ履き違えてる人が多いから書きました。



娘にもよく話しますが、家でやらないことは外でもできない。



自分の身の回りのことをきちんできないのに、人から信頼されるわけがない。


やることやってからなら どれだけ遊んだり仕事をしても構わない。


いちいち、基本的なことを言われなければならないのでしょうか?



それは 心が浮わついているから。



出来ない、じゃなくて やるの。


そこに選択はない。




こんな基本的なことを実践しない人が、講演したり人を導いたりってできるのかなあ?



不思議だ。



当たり前過ぎて書かなかったけど 知らない人が多いのかな と思って書きました。

悩むならやることやってから悩めばいい。 
やることやってもうまくいかないことが、悩みというものだと思います。


「自分の価値」の話しの方ですが、お喋り出来ても会話が出来ないタイプの人なのかなと感じます。 



自分より年下の人やザックバランとした話しは出来るけれどもビジネスライクな会話は苦手なのかもしれません。 


しかし 50にも手が届くような人がため口だったり軽々しくお願い事をされるのはいかがなものかとは思います。 



しかし、わたしからすると、軽々しく〜と感じることが相手からしたら普通のことで気難しい人と捉えられてるかもしれません。 


そして こんなわたしの主張が理解出来ないかもしれません。 




どちらが良い悪いではなくて ただ、合わないというだけかもしれません。 





わたしからしたら、いい大人が。。。と思ってしまいますが、その方は何とも思っていないのかも知れない。 




そんな気がします。 



そして そんな人が多いように感じるし そんな人が世の中を変えていきたいと真剣に考えてる。 




わたしからしたら、自分を価値ある存在だと感じているから、そうでない相手から真っ先に自分を守ろうとするのですが、そのような人たちは「価値」というものがわからないのに人の価値を見出だそうとしてる。。。 




人の価値を見出だすには、とにかく、大切に大切に扱うこと。 

真綿にくるむように大切に大切に扱うこと。 





大切に扱うには、人から大切に扱われたことがなかったら出来ないことなのです。 





人から大切に扱われたことのない人に対してあれこれ言う前に、わたしから手を差し伸べなさいと言われているのかもしれません。。。 




大反省ですが、実際は関わりたくないです。。。 






それは、相手の価値がわかっているからだと思う。 


相手の価値がわかっているから 生返事しないし一回請け負ったら最後まで気を緩めたりしない。 



フルネーム鑑定では、ままさんの話が済むまでやる。 

1時間2時間はザラで長い時は二日三日に分けるときも。 




目の前のことに諦めない、集中するという性質のためかもしれない。 




一度関わったら大切にする。 



優しくないかもしれないけれど大切にする。 





相手の価値がわかるから自分を低く見積もってるような人は気になってしまう。。。 



誰もが自分の価値を感じて生きてほしいなあ。 




メールひとつ、電話一本でお願いすれば受けてもらえると思うのかな?


大きなことでも小さなことでも係わらず、軽〜くお願いしてくる人っていますね? 





わたしは軽々しく頼まれ事されても頭を縦に振りません。 


それは自分の価値を知っているから。 


お金を払ってもらえば良いかと言ったらそうでもなくて、わたしの価値をわかってくれてる人の頼みしか聞かない。 



神様の遣いをしてると、真に神様はわたしを丁重に扱ってくださり頭が下がります。 
だから すぐに動かねば、とも思うのですが。 




言い方ひとつ頼み方ひとつだと思いますが、がっかりさせる人っているものです。 




人をまとめるような仕事をされてる人がそうなので開いた口が塞がらない。 



わたしみたいな面倒な人には関わりたくないと思われるかもしれないけれど、それでも良い。 


付き合えないなあと思う。。。 



そこ、変える気ないな。 






先日 お会いしたその道の方の言葉でもうひとつ感銘を受けたのが 

「この道を学んで、人生に生かすことをしてもらいたい」 

でした。 



そうです、人はある知識を得たとしても、それを自慢したり自己主張の道具にしたがるもので 自分の生活に役立てようとか生かそうと思われる方は少ないように感じます。 




実生活に役立てることはとても大切に感じます。 


わたしたちが義務教育で習ってきた勉強も同じで算数、数学自体も実生活に生かせるものですし 理科や社会も。。。 


話しは逸れてしまいましたが、


学んだことを実生活に生かすことが出来ないのは、実生活に生かそうとする工夫する頭がないことよりも 競争心の方が勝るからだと思います。 



自分の生活を豊かにすることよりも人に勝つことの方を大切に感じている人が少なくないからだと思います。 



勝ち負けにこだわるということですね。 



資本主義というのは人を競わせて勝った人が経済的に優位になるためにつくられたシステムですがそれはもう崩壊してきてるのです。 


なぜなら 負け組と言われる人が増えてその人たちがまとまりコミニュティーを作りはじめているからです。 


勝ち負けにこだわるって古くて、時代は変わってきています。 




未だに勝ち負けにこだわり学んだことを自己満足のために利用したり自慢の道具にするのは止めて実生活に生かすことを考えてみませんか?  




勝ち負けでなく自己成長のために、実生活に生かしましょう。 



今まで学んだ知識を本当に自分のために使うのです。 


人にシェアすることはもちろんですが、知識を知識だけでなく、身につけていきましょう。 






わたしがさせていただいているのは、わたしの知識を誰もが身につけていけるようにすることです。 

わたしは、自分が持っているものすべてを生かして生きています。 



だから わたしはお喋りなのです^^


頭で考えないということは、

今、自分の身に起きてることを理詰めで考えないこと。

エネルギーで降りきているものがありそれが現実化されていたり感覚ではわかっているのでしょうが、それをわざわざ言語化しないで そのまま感覚で受け取ることをしてくださいという意味。


このエネルギーはとにかく足が早いので受信だけしていれば良いです。 
いちいち言語化していたら受け取り損ねます。 

言語化できる方は余程の方なので、言語で受け取りたい方は他の方のブログを参照してください。 



わたしは言葉があまり得意じゃない💦 

頭打ちかもしれません💦




わたしたち人間は宇宙の支配下にあるため どうしても天体の影響を受けてしまいます。 
そのため 星読みが盛んに行われている昨今ですが、宇宙デビューするためには、それを越えていかねばなりません。 


そのため、星読みは参考程度に留めておくのが得策です。



論理を越えていくのです。 



論理を越えて物理、科学の世界へ入っていくのです。 





そのためには まず、何も考えず 目を養うために外の景色を観ましょう。 


目は魂に通じています。 


目を養いましょう。 






人に批判的な人は、人に依存傾向があるように思います。 



他人に対して依存していたり、他人任せや、他人頼りにしている人ほど、他人に不満を持ったり、思うように動かないと怒ったりします。


親に頼ってばかりいる人には、不満を述べたり、怒りを向ける事も多いものです。


まだ親の庇護下にある学生時代や、仕事をせずに親の元で生活させていただいたり、ニートと呼ばれる状況だったり、本来であれば両親に感謝すべき状況にあっても、むしろ不満が募ったり、何かと起こったりするものです。


逆に学校を卒業して、社会人になって親元を離れ、自立するようになると、親への感謝が芽生えたり、恩返しをするようになったりするでしょう。


そのように、人は依存が強い時には、かえって不満を並べたり、相手に怒りを向けたりするものです。


自立心が出てきて、誰にも頼らず自分で生活するようになるほど、むしろ感謝の思いが出てくるものです。 




夫や妻が相手に頼ってばかりだと、不満を募らせらり、夫婦げんかのもととなったりします。


自立心をもって、相手に頼ろうとする部分が減っていくほど、不満も減って、仲の良い間柄となっていくでしょう。



依存心が強いほど、他人に対して不満を持ったり、怒りを向けたりします。

自立心が高まっていくほど、むしろ感謝するようになるのです。



自分自身の心が、どちらの傾向性が強いのか、振り返るのは必要に感じます。


不平不満が増えているならば、自立心を持ち、自分で出来ることは無いか考えてみましょう。


人に頼らず、自分で何でもしていこうとすることで、不満も減っていきます。




また、何をしたら良いかわからない、やるべきことがわからない、と言われる方に共通するのが、人に親切でないことです。 



落ちてるゴミを拾うとか困ってる人に手を差し伸べるとか。 


口では、思いやりとはと説いていても 困ってるお年寄りを見ても素知らぬふりをしていたり、めんどうに感じてる。 


日常が丁寧に生きていないのです。 



人は、自分がしたようにされるもので 自分が親切にしたら相手から親切にされるものです。 


結局、依存傾向がある人は、人に対しての親切心や配慮に欠けるということですね。



自分では親切や配慮できてるつもりでも、依存傾向がある人は思いやりに欠けているものです。 



自分自身を振り返ることは大切です。





さきほど 毎日、メールアドバイスのご案内をさせていただきましたが これは自分の人生をより良く生きるためにさせていただいていることです。 


より良い人生を歩むためのポイントを助言させていただいています。 


人生を輝かせるための助言です。  


そのためには まず、人として生きられるようになることが必要です。 


最初にフルネーム鑑定を受けていただくのは、持って生まれた資質や使命や役割を把握するためです。 


そして、それにあった生活スタイルを助言させていただきます。 


自分がどう生きて良いのかわからないのは、根本的な部分である自分の資質がわからないからです。 


なぜだかわからないけど、〇◎〇と感じる。。。


この、〇◎〇は、とても重要で これを紐解いて、事細かに、お伝えさせていただきます。 


人はわからないから進めないのです。 


わからないことが解消されたら進むことができます。 


ただ、それだけなのです。 


しかし、時々、解決策がわかっても前に進めない方がいらっしゃいます。 

そんな方には寄り添いますよ、という毎日のメールアドバイスです。 



毎日、メールのやり取りをさせていただいていると 様々な場面での苦悩を書いてこられます。 


ひとりの方から、解決策がわかっても勇気が出ないことの他に子育ての悩みや美容の悩みやご夫婦の悩みなど、様々な相談を受けます。
晩御飯の相談も受けます^^ 


そんな相談を受けて、教えたり自力でわかるように導いたりしています。 


子育てと同じです。 


最初は、どんな小さなことでも ままさ〜ん と頼ってきます。 
できるだけ受け入れて教えます。 
できるまで、こんこんと教えます。 
少しずつ、手を離していきます。 

すると、 ままさ〜ん と泣いてくっついてきます。 


また、夜中には、ままさ〜ん、変な霊がいる〜っと叩き起こされます。 

はいはい、と除霊します。(指先一本だから早いです^^) 


また、町内の誰々さんにイヤミを言われた〜 と電話が来たら 仕返し方法を教えます^^(正当なやり方です) 



どうして わたしがこんなに手厚く関わるかといったら 同じ魂の同志だからです。 


守られるべきは、命だからです。 




わたしの根本には、「命を守る」という意志があります。 


生きてさえいればやり直すことができる。 


わたしは、命を粗末に扱わないように教えているだけなのですが つい、手厚く関わってしまっています。。。


完全、身内意識で関わってます。 


だって、同じ源から生まれてきた同志だし♪



同じなのです。


同じ命なのです。 



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