この世界にあるすべてのものは感謝するために存在するbyままのまま

わたしは、地球にグラインドしています。 わたしの意識は地球に同調しています。 わたしの想いは地球の想いです。 わたしの叫びは地球の叫びです。 わたしの言葉は地球からのメッセージです。 少しでも、みなさんに 地球の想いを感じていただけたら幸いです。

カテゴリ: 人として生きるために




今の時代は古いものを排除して新しいものを取り入れる傾向がありますが、その中でも変わらないものがあります。

それは、人心、つまり「敬う心」です。



昨夜の水瓶座の満月のサインは、「出会いを大切に」でしたが、その根底には、「敬う心」があります。 



今まで付き合ってきた方との別れや新しい出会いの中で大切にするべきことは、この、敬う心なのです。




それが、人としての基本であり常識です。 






人として生きるということは、これが根底にあり、軸とも言えるでしょう。 





感謝を感じることも謙虚さも人にお願いすることもこれを忘れなければうまくいくはずです。 



人との関係も、常に人を敬うことを忘れなければ、うまく進むでしょう。 



人に甘えてもいいし嫌ってもいいのです。 



だけど、根底に、「敬う心」を持って接してください。 



相手も笑顔で接してくださるでしょう。 






人から何かしていただいてありがたいなあと思うことや何かの気付きを得てありがたいなあという気持ちは素晴らしいことです。 


だけど その感謝している自分に酔ってはいませんか? 



わたしってスゴいでしょ、見てみて〜♪ 

感謝がわき上がってウキウキして楽しくて仕方がない♪ 

それに引き換え、隣のあの人は、まだ感謝できなくてかわいそう。。。 




感謝する心というのは本来、とても静かなものです。 

ウキウキ、ワクワクするものではありません。




今まで居た暗くて長い長いトンネルを抜け出て、気分が良い気持ちはわかりますが わき上がる感謝をうまく受け取れない方がいます。 


わたしがいくら諌めても聞かないです。 


わたしが間違ってると言わんばかりに主張します。 



こんなに感謝できるわたしはスゴいのだから、できない人には慈悲の心を持たねば。 

とか 

スゴいわたしが癒して差し上げるのだから、感謝されて当然。 

とか 

スゴいわたしが、許して差し上げるの。 

とか、妄想が膨らみすぎて、開いた口がふさがりません。 





これでは、感謝している自分に酔っているだけで 本当に感謝してる状態ではないですよ。 


もっと 深く、自分を見つめましょう。 


深く深く、見つめましょう。 



静かな自分に出会うと、自分の愚かさに気づかされるものです。 




自分が経験してきているから書いています。 





お金があれば余裕ができると考えるのではなく、 余裕があるから丁寧な仕事ができてお金が入るのです。 


考え方は逆です。 


心に余裕が出来てくると、丁寧な仕事や生活が出来てくるものです。 


そうなると 人からも良い評価を得られます。 


そして それが収入に反映されるのです。  




宝くじに当たり高額なお金を得たとしても 心にゆとりがないと そのお金を使ってストレス発散してしまい、残らないです。 


お金を得ることを努力するのではなく 心に余裕を持って生活することに意識を向け、そのことを努力するのです。 




心に余裕を持つためには まずは、家族良く、夫婦仲良く過ごすことです。 


それが第一に心を安定させ、ゆとりある生活をすることなのです。 


家族仲良く、波風立てることなく過ごすことなのです。 


そのためには 大人である親が目の前に起こることを学びだと思い謙虚に過ごすことで 周りの家族がそれに習ってくるのです。 


大人が見本を示すのです。

自分の親は見本となる親ではなかったとしても、自分が見本となる大人として生きればよいことです。 



努力は叶う。 



我が子が可愛ければできるはずです。


守りたい人がいればできるはずです。 




わたしは 今まで、感情に左右されて儀礼的なことを苦手として生きてきたのです。


だから、いろいろと 人との衝突も多くて、そこから学んできました。


自分の内側にないことは推し量ることはできなくて 自分の内側に感謝や尊敬がなかったら、儀礼的なことさえもできずにいました。


その経験を経て、自分の内側を感謝や相手を尊敬することで満たしてきたのです。


だけど、こうなるまでには それはそれは、凄まじい葛藤もあるし、攻撃もされるわけです。



だから、まだまだ 相手を尊敬できなかったり感謝できないなら、儀礼的なことだけでも身に付けておいたほうがいいですよ ってことです。


それが 自分の身を守ることだから。



自分の身を守るためにマナーはあるのだなあ と思います。



自分の内側に感謝や尊敬が溢れたら、儀礼的なこと、マナーもいらなくなりますね。



それまでの間には、まだまだ儀礼的なことやマナーは必要だと感じています。

目の前の相手に対して 『尊敬できない』『感謝できない』と思っても 自分を傷つけないためには、儀礼的なこと、マナーは必要だと思います。


そのために、マナーやマニュアルはあるのだと思います。


だけど 感情に左右されて行動する人には、儀礼的、マナーは理解できないかもしれません。


感情的になることが善いことでも悪いことでもなく、また 儀礼的、マナーが善いことでも悪いことでもなく、 ただ 自分を傷つけないように行動することを優先するのです。




また、精神性の高いことが良いことのように思われてる人がいて、良い人に見られたくて、マナーに厳しい人も見受けられますが、精神性が高いということの本来の意味は、比較しないということとです。


高いから良い悪いとジャッジしないことが精神性が高いという意味です。


自分を律しても、相手には求めない姿勢を持つ人が精神性が高いと言えるのではないでしょうか?

精神性というものは高めれば高めるほど、そのようになるものです。



感情の好き嫌いではなく、相手を尊敬している前提で思考が働き、身体もそのように動くのです。


参考になさってください。

0dbc0440.jpg苦しかった時代を過ぎて心が軽くなると、人って温かいなあと感じて、 より、人と交流することが楽しくなるものです。


だけど 苦しかった時代を思い出すと、誰にも目にふれずにうずくまっていたかった想いがよみがえってくると思うのです。

だから、機械相手が楽だと感じる人もいるはずです。


何が良いかはわからない。


ひとりでいたい。。。

誰の目にもふれない場所に行きたいと願った時期を思い出すと 今、こうしていられることに感謝できる。



忘れずに、生きていきたいと思う。

『この世界にあるすべてのものは感謝するために存在する』



確かに、そうですが 心がやさぐれているときは、感謝出来ません。


そんな時は

「そっか〜 感謝するためにあるのか〜 でも、わたしは出来ないわ〜」
と言って、人に意地悪しちゃうのもアリなのです。

それを、「感謝するためにあるのに、わたしは感謝できない!感謝できない!わたしは最低だ!感謝しなければいけないのに」と 自分を責める必要はないのです。



「わたしには出来ないわ〜」と 人に意地悪しちゃうと 神様から、これでもか!と、カルマ返しをいただきます。


それで 人は「人に意地悪しちゃいけないわ。
教えてくださりありがとうございます。」

と気付けるのです。



それを
「感謝しなければいけない!」と 頑張ると

神様は、指摘しようがないのです。
形としては、感謝してるからです。
気付かせにくいのです。


わたしは 感謝できないやさぐれ女に成り下がると、頭をしこたま壁や柱に打ち付けます。

たんこぶつくってマス。


基本、「〜しなければいけない」と思って生きていないからです。


でも 世の中の人は、出来ないことでも無理をして、「〜しなければいけない」と頑張るようです。


気づきは起こりにくいです。


何故なら 素直にならないように、努力をすると心はどんどん捻れていくからです。


捻れるから気付かなくなるのです。



捻れをゆるめる努力をするのです。

素直になる努力をするのです。


「〜しなければいけない」という努力は、自分の内側に正直になる努力なら良いのですが 自分の内側に逆らう努力は必要ないのです。


「〜しなければいけない」は良くない

と言われますが それは、自分の内側の想いに逆らう努力のことを指すのです。



自分の内側に正直になる努力はしてもよいのです。


今、感謝できないなら 感謝できない自分を一生懸命にさらけ出すことです。


押し込めないのです。



すると 気付かされます。


槍も飛んできますし、頭をぶん殴られます。


気付くことを恐れないでください。


傷つけられているのではないのです。


気付かされているのです。



神様からの愛のムチを敵からのムチだと勘違いするようですね。


勘違いするのは、心が捻れている証拠です。


敵がいると勘違いするのは、心が捻れている証拠です。

心のが豊かさは 顔や態度に現れる。


笑顔が素敵で前向きな方は心が豊かです。


心が豊かでない人は考え方は後ろ向きで 豊かな人を羨む傾向があります。

そのため 似たような心が豊かでない人とつるむ傾向があります。


その中にいれば安全だと思うのでしょうか?


だから、やたらとコミニュティをつくる傾向もあります。


自分以外の豊かな人を排除しようとします。


イジメる人もいます。



どうして 心が豊かでない人は豊かになろうと努力をしないのでしょうか?


わたしたちは神から平等に人を愛する気持ちや感謝する心を与えられて この世に生まれてきているのに。。。


与えられることを拒否しようとする。。。



わたしたちは誰もが神からの愛を平等に受け取る権利があるのです。


だから、
さあ 手を広げて、受け取ってください。




神から平等に与えられる愛を、豊かさを、恵みを、受け取ってください。




心が豊かでない者は 自分は受け取る価値のない人間だと思い込んでいませんか?


自分は豊かさを受け取る価値のない人間だと思い込んでいませんか?



あなたの想いは わたしの光を跳ね返します。



深く深く、あなたを愛しています。


深く深く、あなたを愛しています。



わたしの光りをどうか受け取ってください。。。

ピンチはチャンスというけれど

ピンチはその方向が間違いだと知らせるために、ピンチになるのです。



そして、そこで 修正するから、チャンスに変わるのです。



だから
ピンチやトラブルは当たり前のことではなくて、

ピンチやトラブルが起こらないことが当たり前なのです。




ピンチ、トラブルに見舞われないためには、日頃から きちんとした生活を心がけることです。

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