日本人というのは、元々、自分の心の内を表に出すことをしない人種で
慎みを重んじる特性がありますね。
それは、礼儀にも通じますが、今日はその話は置いておいて。
その慎みは、奥床しさやさりげなさがあるもので、だから、日本の文化である俳句は、自分の心の内を季節に託して詠んだのでしょう。
そして、その奥床しさやさりげなさは、お着物にも表れますね。
半襟や襦袢、八掛、袂などに伝えたい想いを込めました。
直接、口で言う代わりにお着物を見て察してくださいという、
日本は、元々、季節共にある慎み文化なのです。
日本人にとってお着物は、ファッションという流行りものではなくて、文化です。
それを今はファッションという流行りものてして捉えて着こなされている方が少なくないです。
元々、着物は
季節を感じ、自分の心を重ね合わせて、そっとしたためるものであったのです。
それが日本の伝統的な文化になったのです。
季節と共にある慎み文化ですね。
最近の俳句ブームは、日常に季節を感じることで、日本古来の慎みを思い出すためではないでしょうか?
そう考えると、お着物を流行りものとして着てしまうのはいかにも切なく感じます。
お着物だけでなく俳句や和歌、茶道、華道なども慎みが重んじられていますね。
自分の心の内を直接わかりやすく伝えることもひとつですが、比喩的に伝えることも風情があって良いかもしれませんね。