この世界にあるすべてのものは感謝するために存在するbyままのまま

「わたし」が今、なぜ、ここで生きているのか。 人は本来この世の中でただ一つの命として、自然で無垢な、すがすがしくも清らかな存在です。 しかし現代では、その姿を保つには相当の努力が必要なことのようです。 心身を清浄に保つためには、神や祭り、自然の力をかりて謙虚な気持ちに立ち返ることが必要です。 自分の目の前に差し出されたことを真摯に受け止めてください。 出来ないことは求められないものです。 息の本体に帰ってください。 息の本体に帰り、愛となれば、望んだことは一寸の狂いもなく叶えられるもので、望みが叶えられないのは、我が身が愛でない証拠。 だから、息の本体に帰ってください。 ご自身の「根っこ」を見極めるために、父母 をこえる存在として神や仏、自然の世界やご先祖様の存在が解ると、大きな心のよりどころを得ることになるものです。 日本の文化や風習、特に日本人のこころに脈々と受け継がれてきている信念を取り戻すことは、古くからある豊かな心をとりもどさせてくれるだけでなく、新たな価値観を生み出す大きな手段ともなるものなのです。 そのために出来ることを日々、お伝えしています。

カテゴリ: 瞑想


『この世界にあるすべてのものは感謝するために存在する』 



この言葉は、2013年に瞑想していた時に気づいた言葉です。 


それ以来、ブログタイトルにしています。



この言葉ですが、この言葉の中に、わたしが生まれた星の叡智が詰まっています。 


この言葉がわたしの生まれ星そのものです。 


だから この言葉を唱えるだけで 必要な気づきが受けられるようです。 


以前、ブログでも紹介したことがありますが、あまりに宗教めいているため削除しましたが、また降りてきました。 



よろしければどうぞお試しください。 


また、ままのままの瞑想 というのもあります。 


ままのままの瞑想 この世界にあるすべてのものは感謝するために存在するbyままのまま

平穏な心を持ちましょう

目を瞑り、
意識を深く、深く 内面に落としていきます。


自分は何者でもない。

地球の一部。




わたしたちの心の中には、必ず 神が宿っています。




神と対話を致しましょう。





静寂な中に、身を置くと それだけで、神に包まれます。



暖かく、爽やかな風が頬を撫でます。


周りの空気が 螺旋を描き、変化します。




神に包まれる心地よさを感じてください。




それだけで

自分の中にある神聖さに気付きます。




そして 命を宿します。。。




宿した命があなたのエネルギーを使って、発進されます。




怖れるものは何もない。
この世界は、平和へと導かれることを知るでしょう。。。



自分自身がどれだけ素晴らしい存在かを知ることができるでしょう。。。

人というのは自分の思い通りにならないと苛立ちを覚えるようです。


好きなことをしたいのに出来ない、そんな想いで苛立ち、怒ったり人を責めたり自分を責めることもあるようです。




しかし、心を深く見つめていくと 今、やってることは 自分が本当に望んでいることだとわかるはずです。


すると それだけで心が安定し人を攻撃することも自分を責めることもなくなるから不思議です。




本当は、誰もが 自分のやりたいことをやってるのです。


わからないだけで。。。


何故、わからないのでしょうか?

それは、違う自分を本当の自分だと捉えているからです。



本当の自分にたどり着くには、 静かな場所で背筋を伸ばして目を瞑ります。


そして、心の中で6回、自分の名前を呼んでください。


すると 心が温かくなって 今、置かれている情況を安心して視ている自分に気づくはずです。


本当の自分が納得しているから今の情況を作り出しているということに気づき、自分は間違っていないということがわかるでしょう。


そして、安心できるのです。



睡眠前に試しにやってみてくださいね。


私は幸せでありますように

私の悩み苦しみがなくなりますように

私の願いごとが叶えられますように

私に悟りの光が現れますように

私は幸せでありますように(3回)



私の親しい人々が幸せでありますように

私の親しい人々の悩み苦しみがなくなりますように

私の親しい人々の願いごとが叶えられますように

私の親しい人々にも悟りの光が現れますように

私の親しい人々が幸せでありますように(3回)



生きとし生けるものが幸せでありますように

生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように

生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように

生きとし生けるものにも悟りの光が現れますように

生きとし生けるものが幸せでありますように(3回)



私の嫌いな人々も幸せでありますように

私の嫌いな人々の悩み苦しみがなくなりますように

私の嫌いな人々の願いごとが叶えられますように

私の嫌いな人々にも悟りの光が現れますように

私を嫌っている人々も幸せでありますように

私を嫌っている人々の悩み苦しみがなくなりますように

私を嫌っている人々の願いごとが叶えられますように

私を嫌っている人々にも悟りの光が現れますように


生きとし生けるものが幸せでありますように

生きとし生けるものが幸せでありますように

生きとし生けるものが幸せでありますように

思考って 頭の中のおしゃべりなのね。


でね
頭の中のおしゃべりを止めて
感覚。。。

感じると



智恵が出てくるんだよ♪



だから

考えずに
感じる♪感じる♪感じる♪
感じることに集中!してると


智恵が湧いてきて、


一件落着になるのです。



感じることに集中するって、目の前に起こっていることを一生懸命に取り組むことなんですよ。




思考と智恵のお話しでした。




『智恵』
目の前に起こっていることを意識化し、理解すること。
ただ『わかる』こと。
相手の気持ち 状況 理由 原因を悟ること。

お金の観念を外す呼吸法をお教えしたいと思います。 

その名を、出したら入ってくる、与えたら入ってくる、呼吸法です。


まず 背筋を伸ばし足を肩幅ぐらいに広げて立ちます。 


次に、両手を上に上げて手を組んで背伸びをします。


背伸びをしたら、そのまま両手を下ろし、後ろで組みます。 


組んでから、手を離します。


そうすると 胸が開いている状態になります。 


それが呼吸法の基本姿勢となります。 


後ろで組んだ両手を離し、お腹に手を添えます。 
そこで、『出したら入ってくる。与えたら入ってくる。』と、唱えてください。


その状態で、口から10秒間 息を吐きます。 


息を吐いている時に、お腹を引っ込めてください。 (手を添えているとやりやすいのです) 


そして、2秒間 息を止めます。 


そのあと 鼻から息を10秒間吸ってください。 吸っているときは、お腹を膨らまします。


そして、2秒間、息を止めてから、また息を吐きます。



『出したら入ってくる。与えたら入ってくる。』と、唱えながら 続けてください。 



毎日、朝晩 20分ぐらい行ってくださいね。 



お金の観念が外れていき、出すこと=与えることの恐怖心がなくなっていきます。 



お金の観念が外れると、自分磨きすることに罪悪感を持たなくなりますし、与えること=人のためにすることが惜しいと思わなくなりますよ。




ぜひ、お試しください。 


また、ままのままの瞑想と合わせてされると効果的です。 




自分という存在は唯一の存在であって、誰かと同じではないのです。 


だから 外側を探してもわからない。 

参考にはなるけどわからないのです。 




最近では、自分探しをする人が多いですね。 

自分が何者か知りたい。 自分の使命が知りたい。 自分が何をしたいのかわからない。 
自分がどう生きてよいのかわからない。 



すべて 外側にはなくて内側から答えが現れてくるものですね。 



自分が感じたことや放った言葉に注目してください。 


なぜ、そう感じたのか?なぜ、そう言ったのか? 


それを突き詰めていくと、『自分』が現れてきます。  


それを突き詰めていくことが、瞑想です。 





悩みを持つと、誰かに相談したくなったり 頼りたくなるものです。 

だけど それがきっかけにはなるけれど、それだけではない。 

そのきっかけから、どう掘り下げていくかなのです。 

それで答えが出るものです。 

自分で答えを導き出すことが自信になります。



自分で答えを導き出しましょう。 




目の前の人や周りにいる人に優しくされないときは、自分がごう慢になっている証拠です。

内観をして、自分の心をみつめましょう。


瞑想をしましょう。

なぜ、瞑想をすると良いと言われるかといったら、自分自身を客観的に見ることができるようになるからです。


日本人は特に、共感力が高くて 人の想いに入り過ぎてしまう傾向があります。

また 共感力が高いことが良いと言われることもあるので 逆に、客観的に見ることをあまりしないのですね。


共感力が高いと 人の気持ちに敏感になるが故に 相手の気持ちを自分の気持ちに同化しやすいのです。
結果、相手の気持ち=自分の気持ちになってしまいます。


そうなると 客観的に見ることができなくなって 正常な判断ができなくなるのです。


また 共感されたい気持ちを持つ人は多いです。

だから、好かれたい気持ちのある人は人に共感してしまいます。


人に寄り添える人にないたい。。と言われるヒーラーさんも多いですね。


頼られたい、人の役に立ちたい と思うから、人に寄り添いたいと感じ、より共感してしまうのでしょう。

結果、入りすぎて 自分を客観的に見ることができなくなるようです。



以前のわたしがモロ共感力が高い人間でした。


しかし、内観浄化を経て、客観的に見ることが日常になった今は、人にさほど共感することはなくなりました。


だから、共感されたい人からは わたしは嫌がられます。


共感するようなことを言わないから。
わざと言わない^^
言ってもらいたいんだなあ というのはわかるけど、あえて言わない。
だから、嫌われるの。


共感力高い人は客観的に見る人は嫌いなのです。




この共感力と客観力って相反するのです。




瞑想をして、客観的に自分を見ることができるようになり、本当の自分と対話をしていくと 今まで見えていなかったことがわかるようになりますね。


昨日の記事の日記を書くこともひとつです。




昔のわたしは 共感されたい人間だったし共感力も高かったから、人からは好かれていました。

だけど、共感されても、物事は解決できないのです。

やはり、客観力は必要です。

だから、共感力はなくなったけど 客観力はあるから、まあ、いいかあ〜とも思うけれど、 それではいけないようで共感力を戻していくようになされるようです。


自分の肉体ですが、天の想いになすがままです。


そうやって わたしは使われていきます。

自分が神聖な存在であることを思い出すことって必要だなあ とふと、思いました。



この世間の波動に埋もれていると、自分の神聖さを忘れてしまっているのではないかなあ と思います。



わたしはよく、「わたしに出来ないことはない」と言いますが、神聖さを思い出すと、そう思えるのです。


だから、つい 調子に乗りすぎて自己主張全開になるときもありますが( ̄▽ ̄;)


そんなときは、人間をしっかりかぶらなきゃ、、、、。わたしには出来ないことはないのだから。

と思い直すのです。




このように、人として反省することと神聖さを思い出すことはセットなんです。



反省を極めると、神聖さが顔を出すのです。



何事も極めることです。



瞑想は神聖さを思い出すことと反省をすること、両方の意味があるのだとわたしは思います。



わたしはこのように つい、人間であることを忘れてしまうので 反省をすることが多いです。


(*^O^*)

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