この世界にあるすべてのものは感謝するために存在するbyままのまま

わたしは、地球にグラインドしています。 わたしの意識は地球に同調しています。 わたしの想いは地球の想いです。 わたしの叫びは地球の叫びです。 わたしの言葉は地球からのメッセージです。 少しでも、みなさんに 地球の想いを感じていただけたら幸いです。

カテゴリ: いきたひ

いきたひという映画の上映会で長谷川監督のある言葉に不信感を持ちました。 


それは、 


自分の子供を自殺で亡くしたという遺族の方に、話した言葉です。 


『良かったね』 

自殺を止められなかった遺族に、遺族でも探しようのない山奥で亡くなるよりは自分の目の前で亡くなってくれて良かったという意味らしいです。 




遺族の方は、『良かったね』と言われて果たして嬉しかったのだろうか?




何かが違うと感じました。 




人に寄り添うということはとても難しいものです。 




わたしがこの映画を観たのは亡くなられたご主人に呼ばれて、長谷川監督に伝えることがあったからですが、伝えられなかったです。 


心残りある映画です。




『いきたひ』
わたしがこの映画を観て最初に感じたのは、この映画のように 身内の最期に関われた人は幸せだと思う。 
しかし それを何らかの事情で果たせなかった人はどう感じるだろうということでした。 


果たせなかった人の想いってある。 
わたしはそんな方々に寄り添っていきたいと感じるんだ。 


幸せを選択できる人は幸せだ。 

これから〜の人がこの映画を観て気付きを得ていき幸せを描いていく。 

幸せになっていく人は見ていればいい。 

わたしが介入すべきことではないと感じる。 


しかし そうでない人もいるんだ。 

そんな方々の支えになりたいとわたしは思うんだ。 



これを観て、辛く感じる人はいないだろうか。 

これを観て、後悔に苛まれる人はいないだろうか。 


そんな人達の想いを感じると わたしの心が辛くなる。 身体が震える。涙が溢れる。 




そう感じる人が居ることも知ってほしい。 






リボーン洞戸 

ここは、がん患者が穏やかに終末を過ごすことができるようにと創られた施設。 


わたしがこの地に足を踏み入れた瞬間、あの世とこの世の中間、つまり棺桶に片足突っ込んでる感覚を感じた。 


がんに関心のある健常者なら大丈夫かもしれないが死への憧れが強い人は引き込まれてしまう、そんな場所。 


その場所での『いきたひ』の上映。 



まだまだ、生きることを諦めていない人は決して訪れてはいけない場所なんだ。 


死に急ぐことはあってはならない、わたしはそう感じている。 


生きることを諦めてはいけないし生き続ける努力は常に必要だと感じて 日々を生きている。 


その昔、死への憧れが強く その道に引き込まれそうになったことが幾度とあったが 現世に戻された。 


空ちゃんが泣いて引き留めてくれたから、今がある。 


『生き続けていくこと』 

その大切さをこの人生で学んだ。 



自分が何らかの形で死ぬときには、内側の神様が必ず、決定を下す。 


それまでは生き続けることを諦めてはならない。 

よって、自殺はしてはならない。 


死は自分が決めるのではなくて内側にいる神様が決めることなんだ。 


自分じゃない。 



がんになって余命宣告を受けても自分を制限しなければ生き続けるんだ。 

自分を制限しないことなのです。 


自分の命を誰かに決められることはあってはならない。 


参考程度に止めておくべきだ。 



死は恐れるものではない。 

死を恐れる生き方をするのではなくて 生きることを楽しむ生き方をすること。 


余命宣告を受けたとしても死という制限を受け入れない生き方。 


それまでに、〜したい というのは馬鹿げている。 

明日、目が覚めないなら 今、何をしますか? 

なんて発想はない。 



明日は必ず、来るから。 

明日は必ず、有るから。 


幸せは、有るのです。 


永遠に有るのです。 


命は永遠に有るのです。 


だから、肉体を永遠に保つ生き方が必要だと感じます。 



無理をしない。 

大切に扱う。 

丁寧に優しく扱う。 

それでいて、甘やかさない。 




その想いが込められたグラウディングをわたしは教えています。 





わたしは神様の使いをさせていただいておりますが、これは 神様の言葉を代わりに伝えることと神様の代わりに褒美を与えること、神様の代わりに学びというギフトを与えるという役目があります。 


この役目ですが、日々の努力なくしては継続してお仕えすることはできないですし 日々の努力でより高めていかなければ、より深くて大きなギフトを与えることは出来ないのです。 


そのため この度、より容量を大きくするための修行が増やされました。 


専業主婦だからできるだろ、と言わんばかりです。 



やはり このような使いと申しますか運び屋としましては、器を常にきれいにすることはもちろんですが容量を大きくすることは必須です。 


そして 時間短縮技術も求められます。 


運び屋ですから。 


また 運ぶだけでなく仲介業務も求められます。 



どんどんと、求められることも増やされ、それを生かした違う業務の着手も求められます。 


専業主婦ですから^^ 


この違う業務の着手こそがわたし本来の目的だと思われます。 


そのための、本日の『いきたひ』の上映会でした。 



わたしは元は研究者ですから。 




スピリチュアルといっても様々な役目があるのです。 


結局 わたしは研究結果を生かしたことがやりたいのでしょう。 


それが 未来の世界を創り上げていくのです。 




そうやって わたしは神様から使われています。 



わたしがやりたいのは、家でごろ寝していたいだけなのですが

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