この世界にあるすべてのものは感謝するために存在するbyままのまま

わたしは、地球にグラインドしています。 わたしの意識は地球に同調しています。 わたしの想いは地球の想いです。 わたしの叫びは地球の叫びです。 わたしの言葉は地球からのメッセージです。 少しでも、みなさんに 地球の想いを感じていただけたら幸いです。

カテゴリ: 責任

人間の器が大きくなるということは責任が増え、責任感も増すということです。


そして、器に応じての豊かさや住まいが与えられるものです。



住まいは大きくても器が出来ていない人は、その住まいに応じての器を求められます。


住まい(器)が大きくなればなるほど、メンテナンス 維持を求められますね。

結局、メンテナンスや維持ができてこそなのです。

それが出来ないことには豊かさは入ってこないし器も大きくはならないのです。



メンテナンスや維持することはいわば、その器を持つ上での責任なのです。



小さな家に住んでいる人が大きな家に憧れて、一生懸命にお金を貯めて家を建てたとします。


住んでみて初めて、その維持費やメンテナンス費に驚くのです。

そして、それに合わせて、せっせと働き続けます。
働かなきゃ維持が出来ないからです。



自分の器以上のものを求めると、結局 働き蜂になるか破綻します。


自分の身の丈に合わない夢は無謀です。



先に器だけを大きくすると求められることも大きくなるものですね。


身の丈に合った生活をするのは基本です。



しかし この世の中、不思議なもので 身の丈以上のものを求められることもあります。


それは 将来、その器になるための修行のようなものです。


今はホント小さな器なのに、求められるものは巨大です。

挫折を繰り返しますが、何度も立ち上がり、結果 その器に育っていくのです。


このように 人はそれぞれなる器が違うものです。


今は合っていても 合わなくなると離れていきます。


器が大きくなればなるほど 最低限のメンテナンスや維持費がかかってくるものだから、シンプルに生きようとしてもシンプルではなくなってしまう場合もあります。


それは その人の持って生まれた器によるものです。



器というものは個性とも言いますし、豊かさや住まいでも現されます。



豊かになりたければ、まずは今の自分の器を知ることです。

そして、メンテナンスをしっかりとして その維持をすることが基本なのです。

そして、求められることをしっかりとこなすことです。


求められることというのはいわば基礎固めです。

基礎が出来ていない建物は崩れてしまいますね。


求められることはできること。



その人の器以上のものは求められないものです。

例外はありますが それでも、その人のなりたい器が基準となるのです。





今の世の中 責任を逃れて、小さな器で生きていく人が多いです。

分相応、自分の身の丈に合った生活をすることは基本ですが、自分を低く見積もる人も多いですね。


自分自身を軽んじて生きて楽しいのかしら?とわたし的には感じます。





自分の可能性や自分の内に秘めた力を信じて生きていきたいものですね。

最近 仕事において、プロフェッショナルを求められるようになりました。


プロフェッショナルな高い志

プロフェッショナルな高い倫理観

プロフェッショナルな高い信頼感


です。



わたしの本業は 特に専門職ではないのですが プロフェッショナルとして顧客に接することを要求されるのです。



でも、これって 仕事においては当たり前のことなのです。



最近の風潮では 社内仲良しごっこして協調性を重んじられているように思いますが
実際、顧客からしたら
社内、仲良くしようが厳しかろうか 顧客満足度が高ければよいと わたしは思います。



対顧客を大切にすることが第一条件だと思います。


顧客を満足させることが基本だと思うのです。



そのためには 自分のスキルを磨くことは大前提ですし 意識の高さも必要です。

いい加減な仕事は迷惑をかけますし、 けじめがないのも話しになりませんね。



顧客から高い信頼感を得るためには 日々、向上することだとわたしは考えています。




わたしは スピリチュアル方面の仕事もさせていただきますが
やはり こちらも同様で 意識が低いと話しになりません。



一旦、引き受けた限りは クオリティーの高いものを提供したいと考えています。


それまでは、低料金でお気軽に と設定していましたが 高レベルで提供できるように料金は高めに設定させていただいております。


そのため 施術前、一時間かけて 部屋の浄化、自分の浄化をしていきます。


場所の浄化を何かで代用したり
また、カラオケやさんやカフェで相談を引き受けることもしていません。



だんだん 最初の頃に戻ってきました。




そうすることで 顧客の意識も変わってくるようです。

あなたは、どうやって信頼される人になりますか?



わたしは、以前 生きているだけで愛される存在なんだよ


と書いています。


『生きている』 これをきちんとしていれば、人から信頼される人になります。



『生きている』
自分を意識して、相手も意識して生きることです。



そうやって 生きていれば、誰かの心を軽くしたり、気付きを与えたり、できるのです。



そうやって、信頼されていくのです。



漠然と、書きましたが 人には得て不得てもございます。



自分の出来ること!が、グラウディングになります。


生きる活力になります。



わたしはどうやって人から信頼されるか?と言ったら

まあ、このしつこさでしょう^^



この畳み掛けるほどのしつこさだと思っています。



これからもしつこいままのままをよろしくお願いします。

確かに、人は誰でも尊敬、尊重の対象になるので 誰もが信頼されて良いはずです。



だけど この地球においては、それをわかっている人はまだまだ、少ないのです。



誰もが信頼される人なんだよ!
と、声高々に言ったとしても聞き入れてもらえる人は少ないでしょう。



だって この地球は実績がすべてだから。



そこを受け入れずに、


わたしたちは元々が信頼される存在なのです〜


って、怪しい宗教にしか思われません。




口だけなら誰だって言えるのです。



実績をつくること。



それをするために、生まれてきているのです。




だから、この地上で信頼される人になるのです。

でもね


見ていると

そこでシナリオ通りに進まない人もおられます。



わたしは そういう人を視るとどうも、いらっときて執着しちゃうのです。



わたしがなんとかしてあげたい!

魂さんが泣いている!



と想い、関わりすぎてしまっていました。



だけど

それでも その人の人生です。




見守っていこうと思います。



最終的には、わたしが抱き抱えるのですから〜



やんなっちゃう

ヤな役回りだわ(-.-;)

なら、最初からわたしの言うこと聞いておけばいいのに〜


って想いがあるわたしは、まだまだ、まだまだな存在です^^



オホホ(*^O^*)

信頼される人になる



人の愛 でも書いたと思うのですが

愛というのは、信頼度なのだと思うのです。



求められることは出来ることなのですが

この『求められること』というのは、信頼される度合いで難易度が高くなってくるのです。



また、この信頼される度合いが高いのは 自ずとわかると思うのですが、家族です。



家族間で 信頼度が高ければ、他の方からも信頼されていきます。


家族の仲が良いというのは、信頼度、絆が強いということなのです。



だから、人からの信頼度も高くなりますね。



最終的に、魂というのはその信頼を家族からその周りへと広めていくことをしたいのだと思うのです。



また、ツインフレームの魂におかれましては、

この信頼度は家族間の比ではないくらい元々、高いのが特徴です。




だから 決して、裏切らないし裏切れないのです。



求められることは出来ることです。


信頼度に応じて、求められますので 着実に、丁寧に取り組んでいきたいものですね。




しかし、先ほど書きましたが 人生のシナリオというのは、そうはうまくいかないようにもなっている場合もあります^^




裏切ることもあります。

だから、面白い^^


それをすることで憎しみが生まれたり執着が生まれたりもします。


それが 血となり肉となるのです。



どう、行動するかは その人次第です。



意識を高め、絶対に間違わない!裏切らない!をモットーに生きるのもひとつですし
だらだらと逃げ腰で生きるのもひとつです。




まあ、決めてきてるのだから仕方がない〜



その渦中に居るときは辛いですが 魂的には大満足しているのですぅ



そういう体験を経て、人は成長していくのです。  




そうしてみると、挫折のない人生はつまらないもののような気がします。



でも 最終的には、みな気付きを経て 信頼される人になっていくのです。

頑張らなくていいんだよ
もっと、自由でいいんだよ



と、人は言います。




今朝のメールはこんな内容でした。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

ままさん

今日、急遽 出勤になりました。
手薄で、私しか出勤お願いできないそうで。。
断ったんですが、明日の勤務が回らないとのことで、出勤を了承しました。

明日は、娘の卒業式です。
だから、今日は最後の授業なので、いってらっしゃいと見送りしてあげたかった。

それが、してあげられなくて悔しい気持ちになりました。

その気持ちを娘に伝えたけど、私が自分に許可してない
から、悔しいだけが残ってます。
求められることは、出来ると思うど、、
親として見送りしてあげることも、私は求めていたので、今日はちょっと、、
それが叶わなくて、仕事辞めたいとおもっちゃいました。
こんな気持ちでままさんごめんなさい


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


わたしの返信がこちらです。


娘さんの最後の送りをできなかったって
娘さんとA子さんの関係が壊れるわけでもないし

A子さんは立派に仕事をしているのだから、悲観することでもないよ


してあげたい という気持ちはエゴだよ


手をかけることが愛情ではなくて
仕事の厳しさや信念、決められたことを遂行する意思の強さを教えることが大切だよ。


プロでしょ A子さんは

仕事をなめたらあかんよ



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


わたしは こう、教えます。


与えられた仕事を責任を持ってこなす姿勢を見せることが 親の務めだと、教えます。

仕事をすることの大切さを家庭で教えていけば、娘さんは 外に出たときには一生懸命に働くことができるのです。


仕事をすることをぞんざいに考える人は 人からもぞんざいに扱われます。

与えられた仕事はどんな仕事でも仕事なのです。

それを きちんとこなすことで 自分に自信ができるのです。



頑張らなくてもいい。
自由でいい。


そんな意識レベルでいるから、人が育たないのです。



甘やかすだけが能ではない。




頑張り過ぎる人には、そこに意識を集中し過ぎているだけで
頑張りを おおいに認めることではないでしょうか?



何かを犠牲にするという意識は捨てて、目的を遂行するためには 何をするかだけなのです。


それが 仕事の本来の姿です。


仕事をできるだけの器があるにも関わらず、頑張らなくてもいいと 自分に制限をかけるから、息が切れるのです。



求められることはできるのです。


それが 自分の軸となります。



軸というのは、責任感の強さです。


自分自身に繋がって、自分は愛ある存在だとか生かされていることに気づいて 感謝する気持ちは芽生えますが、生きていく強さとは、別物です。




今は 自由やいい加減さを求める風潮がありますが それを求めることで 輪を乱してはいませんか?


本来、自由さいい加減さは、輪をまとめるためにあるものです。


そこを間違えて捉えていませんか?


いくら、自分が良いこと♪と思い、自由さいい加減さを求めても 輪を乱すことは 結果、人とのいさかいを呼びます。


そして その自由さ、いい加減さは 責任感のなさを生みます。



自由やいい加減さを求めるのは、責任を取りたくないからではないですか?

責任を取りたくないのは、自分に自信がないからで 自由さを求めるのは、自信のなさを隠したいからではないですか?


仕事に自由やいい加減さを求めることは、責任を取りたくないからではないですか?





家庭と仕事は違います。


家庭は一家の長がいて、まとまります。


責任は、親が取ってくれるものです。




しかし 仕事は、各自が仕事をきちんとこなすことを求められる場所です。


でも そこで 失敗したら、ペナルティーや上司が責任を取りますね。




その責任を取りたくないからと、責任のない仕事をしたいと 求めます。


自由がいいと、責任のない仕事を求めます。



結果、自分の人生に責任を取らずに生きていくのです。



と いうことは、誰からも 求められず、当てにされずに生きていくということです。



自由に生きるということはそういうことです。



だったら、寂しいと言うな!

しかし、寂しいから、責任を取れない者同士が集まって、コミニュティをつくる。。。


楽しいことばかりを探して歩き回るコミニュティ。


責任感のかけらもないコミニュティ。



そんな人たちも世の中には存在しますね。



なんの責任も持たないのに、権利だけ主張する。





この世界には、汗水たらして働いている人がいるのです。


その人達が働くから、成り立っている世界です。




責任のない人にはわからないでしょうね。。。


何も責任を取らずに生きている人は、わからないのだと思います。





頑張らなくてもいいんだよ。
自由でいいんだよ。

という風潮の中でも、頑張って働いている人がいるから 成り立っている、生かされていることを知ってほしいと思います。


責任感のない自分を認めてもらいたいなら、まずは 責任感のない自分になったことを人のせいにしてはいけない。




自分は責任感がないと自覚することです。


最近、迷惑かけられることが続いています。 


わたしは許すので、結果 迷惑には感じてはいないのですが、相手側の自己管理がなっていないことが原因に思います。 


自己責任というのかな? 

自己管理が甘いのでしょう。 


何故、自己管理が甘いかというと、感謝がないから。 


人に対する敬いの心も感謝の心もないから。 



そのような方は一度や二度じゃなく繰り返しているはずです。 


許されることを当たり前にして許されることに感謝がないから繰り返すのです。 


人に指摘されるなら良いと思いますが指摘されずに離れてかれるとようやく気づくでしょう。 



そうやって、感謝を学ぶのです。 




比較的、感謝ある人は何物事も丁寧にこなし確認を怠らないものです。 

そして 自分の非を感じたらすぐさま謝罪の意思を示すものです。


人となりは謝り方に表れるものですね。 





********************** 


これを逆の立場から考えてみます。 


つまり 相手側から。 


悪気があってしたわけでない、つい うっかりと。 


これは、それをするのは、違うよ〜 離れなさ〜い とのサインであることも。 


何かにしがみついていると 結果、うまくいかないことや人に迷惑かけることが続く とも言えます。 


スピリチュアルな人というのは、このように考えがちですが、それにしても 人となりは謝罪で表れます。 


感謝のない人は何かを切り捨てないと次に行けないものですね。 


学びを深めていける人は器が広いので、何かを手離さなくても同時進行できるものです。 


自分のお望みのままに。 




責任の持てないことはやらない。 

何故なら、自分じゃないことに責任は持てないものだから。 





人はそれぞれ器が違うものです。 


自分の出来る範囲と他者の出来る範囲は違います。 


人を羨んでないで自分の出来る範囲で精一杯、尽くしましょう。 



責任の持てることだけが残っていく、それが自分そのもの。




わたしが去年まで日常的にしていた仕事は、高い倫理観や社会的責任を求められるもので、心得が書かれているテキストがあったので 書き出してみました。 


◎心得◎

1 高度な職業倫理 
2 不断の自己研鑽 
3 下の者への指導、助言 


○その立場の信用と品位を害することの禁止

◯高い信頼性を求められる業務 

◯顧客利益の保護

◯社会的責任の自覚 

◯ニーズや本心、心理的要素、法的問題、業務内容の不備がないことと配慮。 

◯調査能力、正確な説明能力、スキル 確認。 

◯顧客の知識、経験、理解力を洞察する力 

◯細心の注意を払うこと 
◯誠意ある対応 

◯報告、事実関係の確認と原因分析 

◯解決案〜感情的トラブルはお詫びの言葉が必須 
◯損害の発生有無と責任の所在 

◯再発防止策の立案 

◯依頼者の悩みや想いを受け止めて解決案を提示する能力(相談対応能力、問題解決能力、顧客対応能力) 

◯個々人が自己研鑚に努めること 


この内容ってライトワーカーなら必須なのだと思います。 

わたしは、去年までは仕事をしながらそれを会得してきて、これを日常的にこなすことが自分らしく生きることなのだと実感しています。 


だけど これは誰もに求められてることでもないのです。 


餅は餅屋と言いますかライトワーカーでないならこんな内容は求められません。 


自分を律することや責任を負うことはわたしにとって得意なことで好きなことです。 

好きだから続けられる。 


好きなことが見つからないという方はいらっしゃいます。 

わたしは30年間同じ仕事をしていましたが最初の頃はイヤでイヤで仕方がなかったです。 
だけど 論理エンジンもやり始めて自分を取り戻してから変わりました。 



好きなことというのは、自分を取り戻さないとわからないことかもしれません。 



参考になさってくださいね。

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