この世界にあるすべてのものは感謝するために存在するbyままのまま

わたしは、地球にグラインドしています。 わたしの意識は地球に同調しています。 わたしの想いは地球の想いです。 わたしの叫びは地球の叫びです。 わたしの言葉は地球からのメッセージです。 少しでも、みなさんに 地球の想いを感じていただけたら幸いです。

カテゴリ: マナーについて


節度、自制心ない方はいらっしゃいます。 


いくら自由な世の中だからと言え奔放過ぎる話を見聞きします。 


先日も書いたのですが、人にバレなくてもご先祖様は見ているもので、宇宙の法則が働くものです。 

御天道様は見ている 

因果応報 


わたしの幼少期はそう教えられたものですが、最近は聞かないです。 



そんなこと言われなくても自制心が備わっていれば良いだけですが。


自制心がないから自由で好きな生活をして楽しく暮らしてる人を見掛けます。 

一方で、自制心があるため、心が苦しく過ごしてる方もおられます。 


どちらが神様から引き立てられるかといったら苦しみながらも過ごしている方なのです。 


楽しく苦しみ感じていなくても、節操なく過ごしてるといずれ天罰が下るものですしバレるものですね。 



その時に気付くのでしょうが公にならないと気付けないのは、あまりに幼稚といえるのでないでしょうか? 


恥ずかしいという気持ちをなくすことで失うものがあるのです。 



わたしは 今まで、感情に左右されて儀礼的なことを苦手として生きてきたのです。


だから、いろいろと 人との衝突も多くて、そこから学んできました。


自分の内側にないことは推し量ることはできなくて 自分の内側に感謝や尊敬がなかったら、儀礼的なことさえもできずにいました。


その経験を経て、自分の内側を感謝や相手を尊敬することで満たしてきたのです。


だけど、こうなるまでには それはそれは、凄まじい葛藤もあるし、攻撃もされるわけです。



だから、まだまだ 相手を尊敬できなかったり感謝できないなら、儀礼的なことだけでも身に付けておいたほうがいいですよ ってことです。


それが 自分の身を守ることだから。



自分の身を守るためにマナーはあるのだなあ と思います。



自分の内側に感謝や尊敬が溢れたら、儀礼的なこと、マナーもいらなくなりますね。



それまでの間には、まだまだ儀礼的なことやマナーは必要だと感じています。

目の前の相手に対して 『尊敬できない』『感謝できない』と思っても 自分を傷つけないためには、儀礼的なこと、マナーは必要だと思います。


そのために、マナーやマニュアルはあるのだと思います。


だけど 感情に左右されて行動する人には、儀礼的、マナーは理解できないかもしれません。


感情的になることが善いことでも悪いことでもなく、また 儀礼的、マナーが善いことでも悪いことでもなく、 ただ 自分を傷つけないように行動することを優先するのです。




また、精神性の高いことが良いことのように思われてる人がいて、良い人に見られたくて、マナーに厳しい人も見受けられますが、精神性が高いということの本来の意味は、比較しないということとです。


高いから良い悪いとジャッジしないことが精神性が高いという意味です。


自分を律しても、相手には求めない姿勢を持つ人が精神性が高いと言えるのではないでしょうか?

精神性というものは高めれば高めるほど、そのようになるものです。



感情の好き嫌いではなく、相手を尊敬している前提で思考が働き、身体もそのように動くのです。


参考になさってください。

自分の波動が高まってくると 日常的に 相手への感謝の気持ちがわいてくるため 言葉に態度に表れます。

すると、人間関係が非常に円満に進みますね。

常に、感謝の気持ちが 態度に行動に表れる。。。

それが、礼儀作法、マナーに繋がったのかな と思いました。

でも 最近のマナーというのは 感謝の心を態度に行動に表すというものではなく、『しなければいけない』という目的で使われているように思います。
この場所では こういうマナーでなければいけない とか 目上の人だから 言葉使いに気をつけなければいけないとか。。

動機は 愛ではないですね?
動機は 怖れ といったところでしょうか?


マナーとは、教えられるものではなくて、感じるものだと思うのです。

相手を想い、感謝して 慈しむ気持ちがあれば それが、言葉に 行動に表れます。


それが 一番のマナーだと わたしは思います。

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