この世界にあるすべてのものは感謝するために存在するbyままのまま

わたしは、地球にグラインドしています。 わたしの意識は地球に同調しています。 わたしの想いは地球の想いです。 わたしの叫びは地球の叫びです。 わたしの言葉は地球からのメッセージです。 少しでも、みなさんに 地球の想いを感じていただけたら幸いです。

カテゴリ: 意識の段階


「頼るものは自分しかいない」 
という気持ちになったら、人は変わるものだな。 





今まで 人に甘えて人を頼って生きてきた者が、裏切られたことで見切りをつけて 自分しか頼るものはいない!という気持ちになる。 
人を恨むのではなく、自分のことは自分で何とかしよう!という気持ちになる。 



しかし そんな人たちに感謝を求めるのは違うと感じる。 


人を恨んだり人のせいにしなくなっただけマシと思えば良いのかもしれない。 


人の意識には段階があるのだから。 




感謝出来なくてもいい。 
感謝はわき上がるものだから。 




わき上がる想いや込み上げてくる想いがなくても人のせいにすることなく目の前のことを淡々とこなしていけたら、人は変わっていくのだろうな。 






過去に別れを告げるような様々な出来事や感覚が色濃くなってきて、
人によっては、それを突き付けられるような体験をされる人もいるでしょう。



相手に対して期待や支配のある人はそうならない苛立ちを感じることがあるでしょう。 

 
相手には相手の意思があり事情があるのです。
 
 
 
また、意識的に自己と向き合っている人は、次第に本当の自分に近づいてきています。


何か優れた人になるわけではなくて、誰か別人になるのでもなくて、純粋に自分らしくなっていくのです。


自分になっていく。
 


アセンションにおいて進んだ段階に到達した人は、必要な分野や物事に意識と関心を向けられるように導かれていくでしょう。


対象とするところは人によって違いますが、同じようなミッションを持つ人と一致するでしょう。





まだまだ 自己を見つめることなく人に期待して人のせいにされてる人も目立ちます。 


しかし 自己を見つめている人は着実に成長しているのです。 



意識の段階ごとに分かれてきています。 




わたしたちはもう自分じゃないものになれないのです。 


どう足掻いても自分じゃないものになれないのです。 




人には、意識の段階というものがあって


その意識にないと、出来ることも出来ないのです。


だけど 人はその意識でないのに、しなければいけないと頑張ったり無理をします。


本来は、その意識だからできることなのです。



人に対しての気配り、配慮が良い例です。



人に対しての思いやり、配慮、気配りなどは、意識状態が安定していないと、身体がそう動かないものなのです。



〜しなければいけないと思う時点で無理があるのです。



そんな時は、自分の波動を高めましょう。



美しいものを観て感じて、心を穏やかにさせるのです。



そうすると 自ずと、身体が動くものです。



自分が動けば、人には〜しなければいけないと強要はしなくなります。

最近、個人アセンションという言葉を聞きました。

調べてみたら、わたしがそのようになったのは 2013年春です。


人魚姫伝説の記事を書く前でした。


確かに、ライトで妙に明るくてテンション高くて、人の気持ちもまったくわからない人間で まったく使い物にならない人間でした。



あの時のわたしはアホみたいなことばかり話をしていて、宇宙にうつつを抜かし、人としては最低だったな と思います。


ほんと 口ばっかで根性なんてカケラもなくて責任感もまるでなかったから、責任ある仕事は任せてもらえなかったです。


個人アセンション、これは成長過程であるだけで ただの通過点に過ぎないです。

 

ここがゴールとは言えない。



この地球に人として生まれてきて、人の気持ちを無視したことしかできないのって なんのために生まれてきたのかって思いませんか?



特定の人としか関われないってワンネスとは言わない。



個人アセンションした人としか関われないって、寂しいことだなあ って感じます。



いろ〜んな人がいるけど、そこで止まってるってわたしはわかんない。



そこからのわたしはかなり鍛えられました^^




知ってる人は知ってる話だよね♪

気付く、気付かない または 気配りができるできない ということは意識レベルの低下によるものです。



この気付く気付かないといった差は、この世の中で利用されています。


気付かないから騙されるのです。



気付かない人がいるから、利用する人がいるし騙す人ができるのです。


どんな小さなことでもどんな大きなことでもです。


心が優しいからとか心が弱いから素直だから、と言う理由ではないのです。


意識が低いから気付かなくて利用されてしまうのです。

意識を下げるようにコントロールされて利用されてしまうのです。



だから、誰を信じて良いのかわからないのです。


自分の直観も信じられないのです。


利用されて騙されて辛い想いをするから信じられなくなるのです。


しかし、騙されないから意識が高いかと言ったらそうでもなくて 猜疑心や恐怖心があると誰も信じられなくもなるのです。



そういう方は極端に愛に飢えています。



利用したり騙したりする人から守らないといけませんね。


利用されたり騙されたりする方々を弱者とお呼びすることがあります。


その方々を守ろうとする法律も出てきていますが網をくぐって利用したり騙したりする人があとをたちません。


イタチゴッコです。


そのためには、弱者と呼ばれる方々を保護するだけでは片手落ちで教育していかなければいけないです。

それが守るということです。


自立できるように支援が必要です。



しかし 現状は、支援する人が利用されたり騙されたりしています。


どこまでも利用、騙されます。



先ほど 意識が低いから気付かなくて、利用されたり騙されると書きました。


利用されたり騙されているうちは、まだまだ意識は低いということで、自分では意識が高いつもりでいても利用されたり騙されたりしているものです。


自分を過信しないでくださいね。




本当のところは 弱者と呼ばれる方々に直接、手をさしのべるよりも 一刻も早く、意識を高めて絶対に人から利用や騙されない人になることです。

そのような方が増えると 集合意識で 騙されやすく利用されやすい人の意識を上げることができるのです。


直接 手をさしのべなくても守ることができるのです。


だから、早く気付くレベルになって 手をさしのべれる人になってくださいね。

目の前に起きてることをこなすのは、バランスよい行動をしてることになります。


わたしたちは四六時中、立っているわけではなくて、立ったりしゃがんだりねっころがったり様々ですね。


その目線の先には 必ず、何かあるわけです。


草が生えている。

ゴミが落ちている。

りんごがなっている。

人が転んでいる。



天の神様が、まことに上手くバランス良く生きれるように配置していてくださいます。


それをひとつずつ、辿っていくと おのずと自分の目的に辿り着くわけです。

しかし 目の前にありながらまたぐと、結果 後戻りしなくちゃいけなくなります。


その目線の先に、ちゃんとやるべきことを置いておいてくださいます。


神様って親切なの。


でも その親切心に気付かないでいるから 迷うのよ。


『気付く』


気付く レベルの意識状態でいることが大切なのです。


気付かない レベルの意識状態で居続けるから、寂しいし辛いし、ワケわかんなくなっちゃうの。



だから 目の前にあることがわからないんだったら、『気付く』レベルの意識状態になることです。


一番のお勧めは、お風呂に入ること♪

身を清めることですね。
波動を上げると言います。


でも 波動を上げて、頭が上がってると 目線は上しか見えません。


波動を上げて、気持ちよすぎてふんぞり返っている状態ですね。



だから 頭の位置が重要なのです。



わたしは 頭の置き方を教えます。
それがグラウディングですね。


グラウディングをして頭の位置を定めて、『気付く』レベルの意識状態にいることが基本姿勢です。


グラウディングができてくると 頭がユラユラしなくなりますよ。


軸があるからユラユラしません。


人によっては 気付く領域にいながら頭だけユラユラしている人、軸はあるけど気付く領域にいない人、気付く領域にいないし軸もない人と様々です。


それを調整していくだけですよ〜

意識違いってあります。


意識がそこに到達していないと

〜しなければならない

と頑張らなきゃいけないのだけど



意識がそこにあると


当たり前のようにできてしまうものなのです。




今は

〜しなければいけない

という考え方は良くないとされている時代のようですが



求められることが そこに到達しない場合には、

〜しなければいけない と頑張ることによって それを当たり前の水準に上げることができるのです。




だから わたしは、人を導く立場においては 〜しなければいけない と使います。



求められることを
当たり前にできるようになりたいものです。

意識次元を上げると良いらしい♪


意識次元とは、なんぞや?


自分の波動を上げていくと
ある日 突然、宇宙の真理に気付くらしい。。。


宇宙の真理に気付くと、

考え方自体に変化が起きてくるので、
必要以上な不安感に囚われなくなるようです。。。



ふ〜ん



経験してきていますが、いつ頃から不安感がなくなったのか定かじゃないわ。。。


確かに、第一期覚醒を果たした時は 不安感はなかったですね。


だけど その後 有りがたくないことが起こって、不安感がある時ない時を繰り返しています。


つい 最近も、ありました^^

だけど 立ち直りが早いです。



宇宙の真理に気付くことを覚醒と呼ぶらしいです。


だから 覚醒をしたほうが生きやすくなるようです。

確かに♪



宇宙の真理に気付く、

覚醒する、



ここには、ピンとこないわたしですが


不安感がなくなる♪ことは、とっても大切なことだと思います。



覚醒していなくても不安感のない人もいますよ♪

小さい子供です。


だけど 子育ての中で不安感を植えつけられてしまっているのでしょうね。


だから 親は子供を不安にさせないように育てることが大切ですし
親自体も不安を取り除くことが大切なんですね。




不安が不安を呼ぶ


この世は 自分の潜在意識が造り出す世の中ですから 不安があれば、不安な世の中を造り出してしまいます。



だから 手っ取り早く、不安感を取り除くことが必要になってきます。



不安感が起こるのは やはり、気が弱いからだと思います。


人や物に優しい人や考えすぎてしまう人も不安感が強いと思います。


そのため 瞑想を勧める方もおられますが

その不安をいったん、ぽいっとして 何かに集中する♪こと


集中している時は忘れます。


不安を前提に行動するのではなくて

不安をいったん、横に置くことで 解消されるのではないかなあ〜 と思います。



楽しいことをしている時ってとりあえずは 不安から離れているから、そんな時間を持つことが必要かな と思います。



すると 不安から縁遠い生活を送れるようになるんじゃないのかな?



そうやって 縁遠い生活をしていく中で 意識次元が変わって 宇宙の真理に気づき 不安感が徐々になくなっていくのだと思います。



でも 未だに、たまに 強い不安感を抱きますよ、わたし♪


どんまい♪



生きていく不安をなくすことで より良い人生を送れるんじゃないのかなあ。。。




今のわたしは 不安のないことが 普通だから、不安というキーワードにピンとこなくて こんなことしか書けないけど、


たぶん、覚醒するって簡単なことだと思うよ♪



まずは そこからです。


まずは その位置に立ってみて

問題視しない感覚も味わってみる。

問題視することの大切さを感じてみる。



すると

生きるということが どんなことか わかってくると思います。



不安を持つ意味もわかると思うし

不安って特別、悪いことではないんだなってことに気付くのです。



あってもいいんだなあ と思えるのです。


物事の道理というものがあります。


それが わかっている人は、自分がそれに合わせようと努力します。


しなければいけないと努力します。


それはそれで良いのですが、
無理をする人がいます。

すると 無理がたたってできなくなります。



一方
努力しなくても できる人がいます。


軽々と出来る人は、意識が高いので 努力しなくても出来るのです。



このように 物事の道理というものは 努力して出来る人と軽々と出来る人に分かれます。




物事の道理をわかっていない人は わかっていないから元々、できませんし しようとも努力も致しません。



このように 同じ人間でありながら分かれるのです。



これは その人の持つ意識レベルの問題です。



ですので 優劣で判断出来ることではありません。



しかし

元々、わかっていない人に対して出来る人は 責める場合もあります。



そんなときは、優しく教えてあげてください。



それが 思いやりです。



人を責めずに 教えてあげることです。



意識レベルの高低は、優劣をつけるものではないのです。




それも 意識レベルが上がってくると わかってくることです。

人は視力がよいからといって 威張ったりしないし、人よりよく見えるってだけですよね〜



意識レベルも同じで

人よりよく見える、見渡せるってだけなので そこで、威張ったり それで金儲けしようというのは、なんでかなあ〜 って感じです。


はあ〜 なんだか、スッキリしました。



うまく、言えなかったんです〜




だから

自分と相手は同じ視力だと思い込んでいるから 矛盾が生じるのです。



自分と相手は違う視力なんだと わかった上で 物事を観ることが大切です。

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