この世界にあるすべてのものは感謝するために存在するbyままのまま

「わたし」が今、なぜ、ここで生きているのか。 人は本来この世の中でただ一つの命として、自然で無垢な、すがすがしくも清らかな存在です。 しかし現代では、その姿を保つには相当の努力が必要なことのようです。 心身を清浄に保つためには、神や祭り、自然の力をかりて謙虚な気持ちに立ち返ることが必要です。 自分の目の前に差し出されたことを真摯に受け止めてください。 出来ないことは求められないものです。 息の本体に帰ってください。 息の本体に帰り、愛となれば、望んだことは一寸の狂いもなく叶えられるもので、望みが叶えられないのは、我が身が愛でない証拠。 だから、息の本体に帰ってください。 ご自身の「根っこ」を見極めるために、父母 をこえる存在として神や仏、自然の世界やご先祖様の存在が解ると、大きな心のよりどころを得ることになるものです。 日本の文化や風習、特に日本人のこころに脈々と受け継がれてきている信念を取り戻すことは、古くからある豊かな心をとりもどさせてくれるだけでなく、新たな価値観を生み出す大きな手段ともなるものなのです。 そのために出来ることを日々、お伝えしています。

カテゴリ: 相手の気持ちがわからない

人の気持ちがわからない人の反対で 人の気持ちばかり考えている人もいます。


相手は鏡だと聞くと


自分は相手の鏡だからと 相手の立場になって 『わたしはあなたの鏡になってあげてるの』 と言う考えのもとで 相手を分析しようとします。


これは、よけいなお世話。
相手の学びを取ることになりますし、
『相手は鏡』というのは 自分にとって有効になるので
このような考え方は、相手に対して 配慮を欠く、非常に 愛のない行為になります。

鏡の法則というのは、
相手を学びの対象としてみるのですから
相手に対して、自分は鏡だから学びなさいというのは 誠に、自分本意な、謙虚さも配慮もない行動になります。


鏡の法則を学ぶと
それをやりたがる人がいますので
注意しましょうね。



相手は ただ、ただ 自分を写す鏡となってくださるお方です。


尊敬の気持ちで接しましょう。

人の気持ちがわからない人がいる。


自分のことばかりで
他者の気持ちになって考えることをしないからである。


自分がもっとも大切だから、相手を見ようとしないのである。


だから
自分のことばかり話し、自己主張をする。


だから
相手が自分のことを嫌っていてもわからないのです。


自分だけに一生懸命!


自分に一生懸命なのは、わかる。


だけど、
自分だけに一生懸命なのは、
相手に自分を映さない、映せないから自分のことがわからない。


結果、自分が見えていない。


自分のことがわからないのです。



相手の言動で自分を見つめることは
その人の成長を促すことだと思います。


自分の言動で
相手が不満を感じていないか、
相手が嫌な顔をしていないか
見る、感じることが必要です。


自分に対して、嫌な顔をされたり 無視をされたら それは、気分はよくないでしょう。。。


でも それを引き起こしたのは、自分ではないのかを考えることは必要です。



嫌な顔をされたら、口をきかなきゃいい、無視をすればいい という人が多いように感じます(特に若い人)。


楽しいことばかりしていればいいというものではないはずです。



そういう人は
波動自体は高いのかもしれない。

だけど、人としては生きてはいけない。

人は、一人では生きていけないのだから
相手に揉まれて、一人前になっていくのだと思います。


楽しいことばかりしていればいいわけではなくて、人はメリハリが大切だと思いますよ。





わたしが楽しいことばかりを選択しないのは、人として機能しなくなるからです。


だから 楽しいことばかりを選択していると
同じように、人として機能しなくなるのだと思いますよ〜


少々のストレスは、エッセンスになりますね。

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